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芥川竜之介 歯車
一 レエン・コオト 僕は或知り人の結婚披露式につらなる為(ため)に鞄(かばん)を一つ下げたまま、東... 一 レエン・コオト 僕は或知り人の結婚披露式につらなる為(ため)に鞄(かばん)を一つ下げたまま、東海道の或停車場へその奥の避暑地から自動車を飛ばした。自動車の走る道の両がわは大抵松ばかり茂っていた。上り列車に間に合うかどうかは可也(かなり)怪しいのに違いなかった。自動車には丁度僕の外に或理髪店の主人も乗り合せていた。彼は棗(なつめ)のようにまるまると肥った、短い顋髯(あごひげ)の持ち主だった。僕は時間を気にしながら、時々彼と話をした。 「妙なこともありますね。××さんの屋敷には昼間でも幽霊が出るって云うんですが」 「昼間でもね」 僕は冬の西日の当った向うの松山を眺めながら、善い加減に調子を合せていた。 「尤(もっと)も天気の善い日には出ないそうです。一番多いのは雨のふる日だって云うんですが」 「雨の降る日に濡れに来るんじゃないか?」 「御常談で。……しかしレエン・コオトを着た幽霊だって云う
2009/05/01 リンク