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手を差し伸べたのは日本のみ…歴史に埋もれた知られざる“ポーランド孤児”救出の軌跡 第29回FNSドキュメンタリー大賞|FNNプライムオンライン
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手を差し伸べたのは日本のみ…歴史に埋もれた知られざる“ポーランド孤児”救出の軌跡 第29回FNSドキュメンタリー大賞|FNNプライムオンライン
1940年、外交官・杉原千畝が発給した「命のビザ」を握りしめ、約6000人のユダヤ難民が福井県の敦賀港に... 1940年、外交官・杉原千畝が発給した「命のビザ」を握りしめ、約6000人のユダヤ難民が福井県の敦賀港に辿り着いた。そこからさかのぼること20年前に、もう一つの人道物語があった。 幼い頃に祖国から遠く離れたロシア極東のシベリアで、親と離ればなれになったポーランド孤児たち。飢えと寒さに苦しむ760人あまりの孤児は、日本に救出され、日本の地で静養し、祖国へと帰っていった。 写真:日本赤十字社提供 この記事の画像(14枚) 100年前の事実を解き明かすため、取材を続けること6年。忘れられた歴史を今に伝える貴重な資料が次々と見つかった。そこからは“親のいない子どもたちを慰めようと各地から寄せられた善意”“伝染病に感染した子どもを救うため命を懸けた若き看護婦”といった私たちの知らない100年前の日本人の姿が浮かび上がってきた。 前編では、ポーランドの孤児たちが日本へ救出されるまでを追った。 (全2回