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大河ドラマ「真田丸」ワンポイント解説(47)|学部・研究科レポート-法学部|駿河台大学
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大河ドラマ「真田丸」ワンポイント解説(47)|学部・研究科レポート-法学部|駿河台大学
12月18日に、第50回、ついに最終回が放送されました。慶長20年(元和元年・1615)5月7日の天王寺口の合... 12月18日に、第50回、ついに最終回が放送されました。慶長20年(元和元年・1615)5月7日の天王寺口の合戦、いうまでもなく大坂の陣最後の戦いであるとともに、真田信繁最後の戦いとなった合戦と、そこでの信繁の最期が扱われていました。 最終回ですので、もちろんドラマとしてのまとめになっています。そこで史実の解説をするのも野暮かとも思いますが、二つだけ触れたいと思います。 一つは、羽柴(豊臣)方の敗戦の理由。なんと羽柴秀頼の馬印の後退による、味方兵の敗戦認識だったんですね。兵士は大将の馬印・旗印をみて、自軍の優勢・劣勢を判断していました。馬印・旗印が前進していれば優勢、後退していれば劣勢と認識したわけです。合戦において、いかに馬印・旗印が大事であったかがわかります。秀頼の馬印の後退は、大野治長のケアレスミスです。しかしこれが戦況を大きく変えてしまったのです。 もう一つは、信繁の最期。信繁は、