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第7回 「イエロー・マジック」との闘い(その2)|「教授」と呼ばれた男――坂本龍一とその時代 |佐々木 敦|webちくま
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第7回 「イエロー・マジック」との闘い(その2)|「教授」と呼ばれた男――坂本龍一とその時代 |佐々木 敦|webちくま
比類なき輝きを放つ作品群を遺すとともに、「脱原発」など社会運動にも積極的に取り組んだ無二の音楽家... 比類なき輝きを放つ作品群を遺すとともに、「脱原発」など社会運動にも積極的に取り組んだ無二の音楽家、坂本龍一。その多面的な軌跡を「時代精神」とともに描き出す佐々木敦さんの好評連載、第7回の公開です! 1 フュージョンの洗礼 まず、フュージョンについて考えてみなくてはならない。 YMOの世界進出のきっかけとなったイベントの名称は「フュージョン・フェスティバル」だった。そこに出演するためにアメリカからやってきたニール・ラーセンはジャズ/フュージョン系のキーボーディストであり、ラーセンとともに来日したトミー・リピューマもフュージョンにカテゴライズされるアーティストを数多く手がけてきたプロデューサーだった。フュージョンとは「融合」という意味だが、ジャズをベースに、ロックやポップス、イージー・リスニング、ディスコ、ラテン、レゲエなど多彩な要素を融合させた、基本的にはライトな音楽で、当時はクロスオーバー