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ベルリン日本人会と欧州戦争(第一部)
<序> 東京の六本木の外れにある外務省外交史料館には、一九三九年に外務省が行った、海外で組織されて... <序> 東京の六本木の外れにある外務省外交史料館には、一九三九年に外務省が行った、海外で組織されている「日本人会」に関する調査史料が、埃だらけで残っている。 そこには欧州大陸からはドイツの首都ベルリン、同じく港町ハンブルク、そしてパリと三つの日本人会が報告されている。ベルリンの組織については時の駐ドイツ大使大島浩(おおしまひろし)の名前で送られている。内容を抜粋すると以下のようだ。 一.名称 独逸日本人会(Japanischer Verein in Deutschland) 二.所在地 伯林、カイザーアレー二百番地 三.目的 会員相互の親睦をはかり、知識を交換し、かつ会員一般の福利を増進すること 四.組織 本会は左の会員をもって組織する 団体会員、通常会員、臨時会員、特別会員、名誉会員 五.創立年月日 大正十年六月 六.会長、渡辺壽郎(三菱商事伯林支店長) 理事長、加藤鉦次郎(大倉商事伯林