エントリーの編集
![loading...](https://b.st-hatena.com/bdefb8944296a0957e54cebcfefc25c4dcff9f5f/images/v4/public/common/loading@2x.gif)
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
記事へのコメント2件
- 注目コメント
- 新着コメント
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
![アプリのスクリーンショット](https://b.st-hatena.com/bdefb8944296a0957e54cebcfefc25c4dcff9f5f/images/v4/public/entry/app-screenshot.png)
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
30年後の日本 まったく別の道 シナリオB(上)
内橋克人は、『もうひとつの日本は可能だ』を書いた。ここで紹介したように金子勝も『2050年のわたしか... 内橋克人は、『もうひとつの日本は可能だ』を書いた。ここで紹介したように金子勝も『2050年のわたしから』を書いた。別に彼らに限らず、日本の将来について、新自由主義とはちがう、オルタナティブを描こうとする試みは無数にある。 それはそれで結構である。 問題は、それをだれがやるのか、ということになる。つまり国民の間でどのような一致点をつうじて、統一戦線が形成されていくのかという見通しだ。 現状の否定、現体制の破壊に国民が共感をもつ、という一定のリアリティがそこにある。 小泉自民党・石原慎太郎・民主党は、(ときどきに入れ代わりながら)国民の現状否定のエネルギーを吸収して巨大化した。 公務員や郵便局などといった「既得権益者」や「抵抗勢力」を設定して、自らを「革命勢力」として描く手法は見事というほかない。 小さな勢力が何をいったところで変革のリアリティは持てない(「言うことは立派だが小さいので力がない
2007/05/04 リンク