なぜここはこの音? なぜここはこの色? 無数の音程や響きからたった一つの音が選びだされる。無数の明度や色調からたった一つの色が選びだされる。そこには、この音、この色以外、絶対ありえない。微(かす)かな肌合いのずれも許せない、その精密さというのはどこからくるのだろう。それが見えたとき「芸術」作品のほんとうの理解がはじまるのだとしたら、音痴で「色弱」(子どものころから医師にそう診断されてきた)のわたしなど、「芸術」にははなから縁なしと言うほかない。そしてこれまで、批評家のだれも、すくなくともわたしにはその「なぜ」を教えてくれなかった。 コンサート会場での演奏を拒絶し、「息を吹きかけてキーが下がらないピアノは弾きたくないね」とか「同じ運指で三度と弾いたことはありません」などとうそぶき、カラヤンにピアノとオーケストラの別収録を提案し、録音中は、楽譜や作曲者の指示を改変し、鍵盤を叩(たた)きながら低