タグ

Lévinasに関するfunaki_naotoのブックマーク (6)

  • 顏 - 今日がもう来ないこと

    生きていても赦されたい。だから祈る。だから考える。どんなに祈ったところで、わたしはわたしのため以外に生きることができない。わたしがわたしだからだ。 どんなに苦しくても、わたしは切実に、わたしでしかないからだ。 レヴィナスの他者論が好きだ。レヴィナスは生きている人にやさしい。共に生きてきたのに共に死ぬことのない愛する人を失くし、蘇らない死者の肉を前にして、それでも生きている自分を赦してほしい、赦されたい。こういう思いを抱えて、それでも生きていくにはどうすればいいのか。 カルネアデスの舟板という有名な問答があるが、そこでは利己主義と利他主義という2つの倫理について問われている。 人を犠牲にして自分が生き残るか、自分が犠牲になって人を生かすか。 しかし後者の利他主義も、人を助けることで自己満足を得ているから結局利己主義にすぎないじゃないかというのは定説だ。 レヴィナスの倫理において、利己主義は利

    顏 - 今日がもう来ないこと
  • どこかあるところで、終わりなきままに | 『魂にふれる 大震災と生きている死者』

  • エマニュエル・レヴィナスによる鎮魂について - 内田樹の研究室

    大学院のゼミも残すところ3回。 今期は私の書きものを一冊選んで、それについて発表者がコメントするという形式を採っている。 昨日は前田さんが『困難な自由』を選んで、発表してくれた。 『困難な自由』はレヴィナスの著作で、私の書きものではないが、私が最初に手に取ったレヴィナスの著作であり、それにうちのめされてやがて「弟子入り」に至る、私にとってはまことにエポックメイキングなテクストである。 個人的にはきわめて思い入れのあるなので、1985年と2008年と二回翻訳を出している。 前田さんが著作の紹介と、その中の「来るフレーズ」のご披露のあと、訳者への質問をご用意くださったので、それにお答えするかたちでゼミを進めることになった。 おおかたのゼミ生は『困難な自由』そのものを読んでいないので、についての注釈ではなく、もっぱら、私がこの著作からどのような影響を受けたのかというパーソナルな話題に終始した

  • はてなブログ | 無料ブログを作成しよう

    南関東の「いろんなところから富士山が見える」状況に驚きつづけている 大阪から東京に引っ越して30年以上経つが、じわじわと蓄積されてきた驚きがついに閾値を超えたので筆を執った次第である。正確には「ポメラ DM250を起動してmenuキーを押して新規作成を選んだ」のだが、ポメラを持っていなかったら、さらに驚きが蓄積されていないと…

    はてなブログ | 無料ブログを作成しよう
  • レヴィナス Emmanuel Levinas ( 1905-1995 )

    レヴィナスは、フッサールの現象学とハイデガー哲学のすぐれた研究者として、わが国でも以前から名前は知られていたが、その独自な思想が共感を得るようになったのは、比較的最近の出来事である。彼の思想は、一見、現象学的であり、実存哲学風であり、またユダヤ教的であるが、その中心にあるのは、私の「存在」という謎と「他者」の思想であろう。 主著は、『全体性と無限』(1961)および、『存在するとは別の仕方で、あるいは存在することの彼方へ』(1974)。 気分を味わってみよう。(プルーストか埴谷雄高でも読むようなつもりで。) 「あたりいちめんに広がる避けようもない無名の実存のざわめきは、引き裂こうにも引き裂けない。そのことはとりわけ、眠りが私たちの求めをかすかに逃れ去るそんな時に明らかになる。もはや夜通し見張るべきものなどないときに、目醒めている理由など何もないのに夜通し眠らずにいる。すると、現前という裸の

  • アブラハムかオデュッセウスか - 記憶の彼方へ

    *1 エマヌエリス・レヴィナス リトアニアに生まれ、フランスに帰化したユダヤ人哲学者がいた。エマニュエル・レヴィナス(Emmanuel Lévinas, 1906-1995)。ジョナス・メカスはひょんなことからエマニュエル・レヴィナスが亡くなる年、1995年にはじめてその存在を知り、彼のを読み漁った。 メカスにレヴィナスを教えたのはマーガレット・ホプキンソンというオーストラリアの修道院のシスターだった。彼女は文部省の仕事もしていて、オーストラリアの教育制度全般の改革に携わっていた関係でニューヨークに立ち寄った際に、ある事情からメカスの家に一週間滞在することになった。そのとき交わした会話の中で、メカスがエマニュエル・レヴィナスの著作を読んだことがないことを知った彼女は呆れて諭すようにレヴィナスのことをメカスに教えたらしい。(「第十の手紙」、『どこにもないところからの手紙』128-129頁)

    アブラハムかオデュッセウスか - 記憶の彼方へ
  • 1