●『流れよ我が涙、と警官は言った』をなんとなく読み返していた。ディックの小説にはだいたいどれも、女性へのグチや恨み辛みのようなことが延々書かれているという印象がある。そしてそれこそが、小説の基底にある基本的な感情なのではないかとさえ感じられる。ディックの女性への感情は、うんざり、と、依存、と、恐怖、とが入り交じっていて、そしてそれはそのまま、世界への感情とパラレルであるように感じられる。 『流れよ…』はまさに、主人公が女性によってその存在の危機に陥らされてしまうという話だ。主人公ジェイスンの存在の基底を握る女性は二人出てきて、一人は、化粧気もなく、15、6歳にも見える非-性的な女性キャシイであり、もう一人はがたいもよくボンテージ風の服装に身を包んだあからさまに性的な女性アリスであり、そのイメージは正反対だが、ジェイスンにとっては二人とも、うんざりと依存と恐怖によって結びつけられている関係だ