タグ

ブックマーク / wallerstein.hatenadiary.org (3)

  • アイヌ「蜂起」の意義 - 我が九条

    江戸時代に起きたアイヌの大規模な蜂起はシャクシャイン戦争とクナシリ・メナシの戦いであろう。 これらに共通するのは、極論すれば「商売の上手な和人が,商売の下手なアイヌ人に怨まれた、それだけの話」である点である。その証拠に松前藩の武力介入がある以前にはアイヌの犠牲者はほとんどおらず、和人がもっぱら襲撃されている。松前藩の武力介入もいきなり武力介入するのではなく、アイヌ側と交渉して切り崩しを計っている。やみくもな弾圧は行っていない。その背景には一つには松前藩の武力があまりにも貧弱な点が挙げられるだろう。もう一つは松前藩はそれではアイヌとの関係が自己の存在意義であることを熟知しており、アイヌから見放されれば、松前藩もまた存在しえないことを意識していたからであろう。 シャクシャイン戦争においては江戸幕府も松前藩も、アイヌの「暴動」の背景にあるアイヌの不満を意識していた。「商売の上手な和人が,商売の下

    アイヌ「蜂起」の意義 - 我が九条
  • なぜ私はアイヌ問題を書き始めたか - 我が九条

    私がアイヌ問題を書き始めたのは、ある左派ブロガーのチベット問題に関する記述に疑問を感じたからである。その左派ブロガーはチベットは中国が入ってくる以前のチベットは神権政治が行なわれた抑圧国家であり、中国によるチベット支配はチベットに恩恵をもたらした、と書いていた。さらにあちらこちらのコメント欄でも同じ主張を繰り返していた。左派ブロガーとして名を知られた人なので、私としてはそれを左派の論理で批判する必要を感じ、アイヌ問題を論じ始めたのである。ただいささか陰謀論に堕したその議論は説得性を欠いており、結果として広まらなかったが、アイヌ問題に関する関心の強さを感じ、チベット問題を考える視座を提供するためにアイヌ問題を論じ続けた。もはやチベット問題とは関係がなくなったが、人権侵害に対する戦いは、どちらか一方に関われば、もう一方がおろそかになるのではなく、むしろ相乗効果をもたらすものだ。もちろん緊急性に

    なぜ私はアイヌ問題を書き始めたか - 我が九条
  • アイヌとは何か - 我が九条

    ここまで「アイヌ」という言葉をずいぶん蕪雑に使ってきた。しかし「アイヌ」とは何か、という問題が閑却に付されてはいけない。 同級生「知里君、北海道ならアイヌを見たかい」 知里真志保「アイヌが見たかったら、このおれがアイヌだよ」 知里「なんで遠い北海道まできたの?」 少年「アイヌが見たかったから」 知里「ナニィッ、アイヌがみたくって!そんならここに立っているこの俺をよくみろ。それで十分だろッ」 この同級生は後に運輸事務次官を経て新東京国際空港公団総裁に就任する。エリートであったこの同級生にとって、第一高等学校の同級生にアイヌがいるとは夢にも思わなかったであろう。また少年にとってはまさか目の前の北海道大学教授がアイヌだとは思いもしなかったことだろう。おそらく彼らの頭の中にはアイヌに関する固定観念が存在していたのであろう。それは彼らだけではなく、今の我々にも存在している。アイヌを「原日人」ととら

    アイヌとは何か - 我が九条
  • 1