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ブックマーク / note.com/beloved_tomoka (9)

  • 宮城喜久子氏の講演|辺野古ボート転覆事故遺族メモ

    過去の資料を読んでいると、記事として書き残しておきたいことがたくさん出てくる。この講演を聞いた生徒、このプログラムに参加した生徒は、どんなことを思って感想を書いたのだろうかと、思いを馳せながら読んでいる。 これは学校の教育としておかしいんじゃないかと思う部分が多々ある中で、私が個人的に当に心をえぐられながら平和を考える内容もある。その代表となるのが、宮城喜久子氏の講演。 宮城喜久子氏は、元ひめゆり学徒隊に参加した方で、負傷兵の看護にあたった経験を持っている。その当時の壮絶な経験を、優しい言葉や生々しい表現を織り交ぜながら語り、悲惨な戦争体験を生徒に伝えつつ、政治的な思想や発言を極力避け、ありのままを伝えるだけで、生徒は戦争の悲惨さと平和のありがたさを考えざるを得ないという内容となっている。 宮城喜久子氏は2015年2月に逝去している。逝去を嘆き今後の平和教育を憂う言葉が、同志社国際の先生

    宮城喜久子氏の講演|辺野古ボート転覆事故遺族メモ
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    hal-e 2026/05/21
  • 2015年の研修旅行|辺野古ボート転覆事故遺族メモ

    前回の記事 : https://note.com/beloved_tomoka/n/nff1804b84df7 2015年の研修旅行について、もうひとつ気になる記録がある。 沖縄到着初日の夜にホテルでの講演があるが、そこで行われたQAでの内容についてである。 2015年以前は、宮城喜久子氏 (ひめゆり学徒隊に参加し負傷兵の手当てに当たった方)が務めることが多かった講演枠を、2015年は磯野直氏が担当している。生徒全員が対象の、研修旅行初日に行われる重要なプログラムだ。 磯野氏は冒頭でこう述べている。 「半年くらい前に西田先生から連絡があって、沖縄タイムスを読んでいただいて話をしてほしいということでまいりました」 と。当時学年主任だった西田現校長が、沖縄タイムス記者の磯野氏に直接オファーを入れた流れと読める。 講演の内容は、磯野氏が手がけた連載「基地で働く」をもとにした沖縄の基地労働の歴史

    2015年の研修旅行|辺野古ボート転覆事故遺族メモ
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    hal-e 2026/05/13
  • 過去の辺野古コースについて|辺野古ボート転覆事故遺族メモ

    同志社国際高校の沖縄研修旅行には、3日目のコース別学習の中に「辺野古コース」が設けられてきた。 このコースは、2010年から現在に至るまで、どのような形で組まれてきたのか。過去の研修旅行のレポートを入手し、調べてみた。 沖縄研修旅行の基フォーマット同志社国際高校の沖縄研修旅行は、少なくとも10年以上、以下の基構成で実施されている。 1日目 那覇到着後、開会礼拝。佐間下公園、嘉数高台、大謝名などを見学し、ホテルへ。 2日目 ひめゆり平和祈念資料館、沖縄平和祈念公園、轟壕・識名壕などを見学。 3日目 コース別学習。 4日目 国際通散策後、帰路へ。 1日目・2日目は、開会礼拝を除けば、沖縄研修旅行としていわゆる定番のコースと言える。過去に実際に起こった沖縄戦の悲惨な歴史、普天間の危険性や現状を、現地で知ることができる内容となっている。 道中には、学校が直接依頼した講師や、「沖縄平和ネットワー

    過去の辺野古コースについて|辺野古ボート転覆事故遺族メモ
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    hal-e 2026/05/11
    “2015年度の高2学年主任は西田現校長である”
  • 事故後からの流れ 3月19・20日|辺野古ボート転覆事故遺族メモ

    事故後4日目、5日目の内容を時系列で記します。内容は、学校、ツアー会社、海上保安部に対し、大きな誤りがないことを確認済みです。 調査や捜査に影響を与える可能性のある内容は省いております。 内容は主に、長女のメモをベースにしています。 時刻表記はおおよそのものです。 移動手段やホテルについては、記述がないものは全額学校負担でツアー会社手配のものとなっています。 報道機関の方々へ:Noteで私が投稿するすべての文面や写真については、報道や記事において、自由に利用いただいて問題ありません。 3月16日 (月)  https://note.com/beloved_tomoka/n/n55f4f69741a2 3月17日 (火)  https://note.com/beloved_tomoka/n/n91d4a369efae 3月18日 (水)  https://note.com/beloved_t

    事故後からの流れ 3月19・20日|辺野古ボート転覆事故遺族メモ
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    hal-e 2026/04/18
    “一方、日記で記した数日間に登場しない方達がいます。 書きたくても書ける内容が無い人たちです。”
  • 事故後からの流れ 3月18日|辺野古ボート転覆事故遺族メモ

    事故後3日目の内容を時系列で記します。内容は、学校、ツアー会社、海上保安部、ホテル関係者、キャンプ・シュワブに対し、大きな誤りがないことを確認済みです。 調査や捜査に影響を与える可能性のある内容は省いております。 内容は主に、長女のメモをベースにしています。 時刻表記はおおよそのものです。 移動手段やホテルについては、記述がないものは全額学校負担でツアー会社手配のものとなっています。 報道機関の方々へ:Noteで私が投稿するすべての文面や写真については、報道や記事において、自由に利用いただいて問題ありません。 3月16日 (月)  https://note.com/beloved_tomoka/n/n55f4f69741a2 3月17日 (火)  https://note.com/beloved_tomoka/n/n91d4a369efae 06:13 連日、事も喉を通らず眠れなかった

    事故後からの流れ 3月18日|辺野古ボート転覆事故遺族メモ
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    hal-e 2026/04/15
  • 事故後からの流れ 3月17日|辺野古ボート転覆事故遺族メモ

    3月16日 (月)  https://note.com/beloved_tomoka/n/n55f4f69741a2 10:00 ツアー会社M氏含む2名と会議(ホテル3階会議室) ボートの手配は高校が独自で行ったこと ツアー会社の添乗員はいたが、乗船せず岸辺で待機していたこと 引率教員の人数はまだ確認中であること 事故の詳細な時系列はまだ把握できていないこと 修学旅行の添乗員は計4名 添乗員の名前は現時点で教えることはできないこと 同志社国際とは20年以上の付き合いであること 12:00 帰りの便の手配 が遺体の搬送と家族の帰り便をJALに依頼。3連休前で空席がなくキャンセル待ちとなる。 14:10 那覇空港着の私を迎えに、・長女・の両親・M氏・教頭先生で空港へ向かう。 14:20 合流 教頭先生・・長女と到着ロビーで合流。教頭先生から謝罪を受ける。 私がまだ知華と直接対面できてい

    事故後からの流れ 3月17日|辺野古ボート転覆事故遺族メモ
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    hal-e 2026/04/14
    “118への最初の通報者は乗船していた生徒だった”
  • 事故後からの流れ 3月16日|辺野古ボート転覆事故遺族メモ

    事故当日から私たちが実際に沖縄で経験したことを、時系列で記します。 内容は、学校、ツアー会社、海上保安部、ホテル関係者に対し、大きな誤りがないことを確認済みです。 * 4/12  20:10,  一部修正しました。 22:50 教頭先生がホテルまで同行は誤りで、生徒の様子を注視するため、生徒の待つホテルに戻る。が正しい情報です。私の修正が漏れていました。大変失礼いたしました。 調査や捜査に影響を与える可能性のある内容は省いております。 内容は主に、長女が気丈にも細かくメモをとっていたものをベースにしています。 時刻表記はおおよそのものです。 報道機関の方々へ:Noteで私が投稿するすべての文面や写真については、報道や記事において、自由に利用いただいて問題ありません。 3月16日(月)午前中 私はインドネシアにて顧客とミーティング(日時間 10:00〜12:00)。 は自宅で仕事をしてい

    事故後からの流れ 3月16日|辺野古ボート転覆事故遺族メモ
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    hal-e 2026/04/12
  • 沖縄研修旅行の異質さ|辺野古ボート転覆事故遺族メモ

    2025年6月 HSS初日 学生証を受け取り喜ぶ知華2025年8月 ハーバード大学内にて私個人としては、娘2人の普段の学校生活を聞く限り、安全管理に不安を感じたり、偏った思想教育がなされていると感じたりしたことは一度もありませんでした。 ところが、今回の沖縄研修旅行については、あまりに異質すぎて唖然とするばかりです。今記事では、今年の「Fコース」に絞り、現在行われている調査や捜査に影響を与えない範囲で記しておきます。新しい事実の発表などはありません。 欠落していた安全管理と「放任」安全管理については、実際に教員不在の状況で事故が起こっているため、言うまでもありません。普段の管理された校内とは全く異なるフィールドで、事前の安全、認可、保険の確認を行わず、さらに現地での引率放棄をよしとしたその感覚には言葉を失います。生徒の「自由」や「自主性」という言葉は、大人の「放任」や「無責任」を隠すための

    沖縄研修旅行の異質さ|辺野古ボート転覆事故遺族メモ
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    hal-e 2026/04/01
  • 情報発信について|辺野古ボート転覆事故遺族メモ

    私たちは、2026年3月16日に辺野古で発生したボート転覆事故で、次女を亡くしました。 22日、23日に通夜、葬儀を終えたばかりです。 これまでの間、友人、保護者の方々に対して、名前を出さずにいてほしい旨、お願いをしておりました。私たちの願い通り、完全にプライバシーが保たれたまま、大勢の方々に温かく見守られ、葬儀を終えることができました。皆様の愛情と良心で支えていただいた結果です。感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。 なお報道においては実名の公表は控えてほしい旨を、捜査機関や学校を通じてお願いをしてまいりましたが、学校による最初の記者会見後も、一部の報道機関で実名での報道が続けられることとなりました。大変残念な気持ちです。今後このような悲しい事故/事件の被害者の実名報道が一方的に行われることがなくなることを願っています。一方、一貫して名前を伏せていただいた報道の方々もござい

    情報発信について|辺野古ボート転覆事故遺族メモ
    hal-e
    hal-e 2026/03/29
    “報道においては実名の公表は控えてほしい旨を、捜査機関や学校を通じてお願いをしてまいりましたが、学校による最初の記者会見後も、一部の報道機関で実名での報道が続けられることとなりました”
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