●知られざる業績と素顔 松村由利子 歌人 翻訳家がいなかったら、人生は何とつまらないことだろう。19世紀ロシアの小説を読みながら電車に揺られ、映画館でハリウッド映画を見て手に汗握り、帰りに書店でフランスの新刊ミステリーを買う-なんてことは、語学の天才でもない限り、翻訳家の存在なしには不可能だ。 翻訳家は本来、目立たない存在である。けれども、誰にとっても、その作品と分かちがたく結びついた名前があるはずだ。「クマのプーさん」と石井桃子、「悲しみよこんにちは」と朝吹登水子、「カラマーゾフの兄弟」と亀山郁夫…。本書は、明治から現代までに活躍した翻訳家101人の業績と知られざる素顔を紹介した、実にぜいたくな一冊である。 編著者の小谷野敦は、比較文学を専門とする博覧強記の人だが、決して学者ぶったりはしない。「海潮音」の名訳で知られる上田敏の謹厳な学者としての生涯を追いつつ「本当は鴎外や漱石のよう