2016年7月末に公開されるや否や、ネット上の口コミを中心に爆発的な人気を博している映画『シン・ゴジラ』。既にプロアマ問わずに様々な方が各自の得意分野に引きつけて熱量高く語っていることからも、この作品が単なる「怪獣映画」というジャンルに留まらないものとして受容されていることが窺い知れる。 今回は、筆者が専門とするクラシック音楽や現代音楽の分野からシン・ゴジラを観たとき、劇中で流れる鷺巣詩郎(1957- )と――ゴジラ音楽のオーソリティーである――故 伊福部昭(1914-2006)の音楽をもとに、どのような情報が読み取れるのかを探っていきたい。 前半は基本的にネタバレなしだが後半に一部ネタバレを含むので、鑑賞前の方はその点ご容赦のほどを(ネタバレ部分の前には注意書き有り)。 【1】0コンマ単位のこだわりを読み解く まずは小手調べに、効果音から読み取れる庵野監督の徹底したこだわりについて。ネタ
公開3週目を迎えても『シン・ゴジラ』の勢いは依然、衰えを見せない。IMAX、MX4D、通常上映と、毎回環境を変えて観ていたが、この原稿を理由にまた劇場に足を向けてしまった。高圧縮の情報量、現実の反映、オマージュ、トリヴィア、語られないまま終わった謎への解釈など、まるで20年前の『新世紀エヴァンゲリオン』テレビシリーズ放送終了後から翌年の劇場版公開にかけての熱狂が再現されているようだ−−と言っては言いすぎだろうか。いずれにせよ、繰り返し観ることで細部を語る魅力が増す作品であることは間違いあるまい。 マイナスをプラスにさせる庵野秀明のアレンジ ここでは、〈庵野秀明にとってのゴジラ〉から話を始めてみたい。というのも、特撮好きなエヴァの監督というイメージから誤解されがちだが、これまで庵野はウルトラマンほどの熱狂をゴジラには見せていなかったからだ。『シン・ゴジラ』の原点となる第1作の『ゴジラ』(54
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