オスマン帝国時代に起こった、オスマン帝国側によるアルメニア人虐殺問題(トルコ側は否定)で、トルコとアルメニアは隣接しながらも、国境を閉鎖したままであり、アルメニアが1991年にソビエトの分裂により、独立を果たしたにもかかわらず、国交正常化がなされないままできていた。 しかし、トルコのダブトール外相の努力により、トルコとアルメニアの交渉が続けられ、国交正常化に関する基本的合意が成立した。これは、画期的な出来事であろう。その成果が、どのようなメリットを今後、両国にもたらすか計り知れない。 同時に、このトルコとアルメニアの関係改善は、トルコとアゼルバイジャンの関係にも、影響を与えてこよう。なぜならば、アゼルバイジャンはアルメニアとの間に、ナゴルノカラバフ問題を抱えているからだ。これまでは、トルコがアゼルバイジャン側を支持し、アルメニアとの国境を、1993年以来閉鎖していた。 トルコとアルメ
1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2009/06/23(火) 02:52:50.80 ID:MHD8pGyIP 5日間旅行に行ってきたんだけど、そこは猫の国でした 遅い時間ですがおつきあいください 【トンネルのむこうは、不思議の町でした】 3 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2009/06/23(火) 02:55:35.63 ID:MHD8pGyIP ごろーん うpしながらなんで、まったりになります。 5 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2009/06/23(火) 02:59:21.68 ID:xbXDZj1c0 構わん続けろ >>5 まったりですがおつきあいください 6 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[]:2009/06/23(火) 03:00:46.35 ID:MHD8pGyIP >>1のにゃんこ
「チャイハナ」=中央ユーラシアの町や村の情報交換の場でもある茶店。それらの地域を含む旧ソ連圏各地の掲示板を翻訳。 →(1)からの続き この都合の良い勘違いというか、もとい“美談”的な傾向は、上のラディカル紙の記事を引用した他の新聞の記事で、さらに加速することになります。その5日後、2007年10月14日にアップされた、日刊紙“ワタン”の記事は以下の通り。 ------------------------------------------------------- 「アタテュルクへの敬意と日本の例」 ワタン紙 2007年10月14日 ムスタファ=ムトル記者 原文:Atatürk’e saygı ve Japonya örneği! http://w9.gazetevatan.com/haberdetay.asp?detay=0&tarih=12.05.2009&Newsid=141764&
「チャイハナ」=中央ユーラシアの町や村の情報交換の場でもある茶店。それらの地域を含む旧ソ連圏各地の掲示板を翻訳。 最近までよく知らなかったのですが、ネット上でこういう↓珍しい騒ぎが持ちあがっているらしい。産経に詳しい記事があったので、ちょっと長いですが、全文引用してみます。 「トルコ建国の父」救え 銅像の寄贈先破綻…「友好危機」ネットで署名活動 2009.5.6 http://sankei.jp.msn.com/life/trend/090506/trd0905060153000-n1.htm 屈指の親日国、トルコ共和国の親日感情が悪化しているのを憂慮し、インターネット上でつながった有志が立ち上がった。トルコから新潟県柏崎市のテーマパークに寄贈された建国の父、ムスタファ・ケマル・アタチュルク初代大統領(1881~1938年)の銅像の行き先がテーマパーク破綻(はたん)をきっかけに決まらない問
アメリカのイラクに対する軍事侵攻は、同じイスラム教徒のトルコ人を激怒させた。そのこともあり、トルコ政府はイラクに向かうアメリカ軍の、トルコ領土通過を、認めなかった。結果的に、トルコとアメリカとの関係は、冷却化していった。 世論調査の結果、トルコでは最も嫌いな国として、アメリカを挙げる者が非常に高い比率に達していたが、その後、バラク・オバマ大統領のトルコ訪問が 両国関係に本格的な雪解けをもたらしそうだ という期待が高まっていた。 バラク・オバマ大統領はトルコを訪問するにあたり、トルコとアルメニアとの間に横たわる、アルメニア人虐殺問題については深入りしないようにし、イスラム教徒と戦っているのではなく、アメリカが戦っているのは、テロリストだと宣言した。 バラク・オバマ大統領のこうした発言は、彼のトルコ訪問を大成功に導いた。しかし、バラク・オバマ大統領は4月24日、トルコによるアルメニア人
トルコの石油公社(TPAO)の、メフメト・ウイサル総裁が、イランのプレステレビの特派員メフデイ・ゴルザデイ氏に語ったところによれば、トルコは2023年までには、完全に石油ガスを自給する、体制に入るということだ。 トルコが黒海で、石油・ガスの開発を進め、2002年の段階から生産を始めてきていたことは、以前から知られている事実だった。 しかし、ここにきてその黒海の石油・ガスの埋蔵量が、石油は100億バレル、ガスは1兆5千億立方メートルと莫大な量であることが、同総裁によって明かされた。 トルコはこれだけの埋蔵量で、2023年から40年間にわたって、国内消費分を賄うことができるようになる。したがって、エネルギー資源を外国から輸入する必要が、なくなるということだ。 黒海沿岸の海底油田やガス油田以外に、イランとの国境に近い、トルコ北東部、イラクとの国境に近いトルコ南東部でも、石油やガスの埋蔵が
トルコ共和国から新潟県柏崎市の施設に寄贈されたトルコ建国の父・ケマル・アタチュルク初代大統領の像が横倒しにされ、山道のような所に放置されている。こんな状況は「友好国トルコに対する非礼であり裏切り行為だ」とネットで騒ぎになっている。この状態を重く見た日本のトルコ大使館は、トルコと縁が深い和歌山県串本町への移設を求めているが、像がある土地をめぐって訴訟が起きるなどして、実現はなかなか難しい状況だ。 青いビニールシートを被せられ横倒し 「トルコから寄贈され、野ざらしになっている『友好の銅像』をなんとかしたい」。ネットでそんな呼びかけが活発になったのは2009年2月に入ってから。アタチュルクの像が青いビニールシートにくるまれ、横倒しで山道のような所に放置されている写真も出回った。もともとこの銅像は、96年にテーマパーク「柏崎トルコ文化村」オープンを祝い、トルコから寄贈されたものだった。 銅像が「野
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く