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bookに関するkenjeenのブックマーク (137)

  • 「外注される戦争」はただの傭兵論ではない:阿部重夫主筆ブログ:FACTA online

    阿部重夫主筆ブログ「最後から2番目の真実」 2007年3月30日 [書評]「外注される戦争」はただの傭兵論ではない シンクタンク東京財団の研究員だった菅原出君が新著を出す。「外注される戦争 民間軍事会社の正体」(草思社、税込み1680円)である。日人ではたぶん、菅原君以外にこういうは書けないだろう。 単なる軍事オタクが資料を集めただけのではない。ちゃんと足で稼いだ好ルポルタージュである。自分では戦地に行く勇気もないくせに言葉だけ勇ましい心情右翼の方々には、いい薬になるかもしれない。現実の戦場がどうマネジメントされているかをリアルに知るためにも一読をオススメしたい。 PMC(Private Military Company)とは、イラクやアフガニスタンなどの戦場で軍の物資補給を手伝ったり、正規兵ではない政府要員の警備や、警察官の訓練など雑務を請け負う民間企業である。その多くが特殊部隊な

  • 最後の一バレル 市民のための環境学ガイド

    ガソリンの価格が下がってしまったので、危機感もどこかへ吹き飛んでしまった。 石油供給危機の話は、様々な情報が錯綜していて、何を信じたら良いのか、皆目分からない人が多いような感触である。 経済界は、「需要があれば代替燃料などいくらでもあるのだから、エネルギー危機などは存在しない」、という古い理論で防衛をしている。 一方、自然科学系の人間にとっては、「地球に限界があることなど、あたり前」。早晩、経済原則がなんだろうが、「すべての枯渇性資源は枯渇する」。そのため、「どのぐらい準備ができているか、これが勝負を分ける」、と考えている。 このの著者は、もと石油業界に籍を置いた人間で、その経験と膨大なデータを基に、もう少々詳細にものごとを考えているようだ。やはり持っている情報が違うという要素が大きいのかもしれない。 ただし、相当に分厚いなだけに、直接的には余り関係しない歴史的な考察も多い。逆にそこが

  • http://d.hatena.ne.jp/suuuuhi/20070112

  • ■ - for dust you are and to dust you will return

    の高校生や大学生に、「なぜ人々を平等にしようとした社会主義は結局失敗してしまったのか」という問いを行うと、おそらく圧倒的に多い回答が次のものだろう。「社会主義では、お金が平等に分けられるので、人々は努力をしなくなった。だからみんな怠けてダメになった」この見解は、日では通俗化されたもので、「だから競争の中で努力しなければいけないんだ」という日人の勤勉な意識が透けて見える。 同じ質問をヨーロッパ人にすれば、どう回答するだろうか。 私は留学中に「ソ連などの社会主義国が失敗した原因は何か」という問いをヨーロッパ人に対して3回ほど行ったが、各人に差はあれど、「失敗した社会主義国」の代表格であるソ連が結局は独裁の横行する危険な国家になってしまったことに言及した。結局は、社会主義はスターリンの粛清を生み出してしまった。それは社会主義者の一部が(もしくは社会主義者の多く)が暴力的で革命や暴動を好む

    ■ - for dust you are and to dust you will return
  • 数学屋のメガネ:社会にも法則はあるか - livedoor Blog(ブログ)

    仮説実験授業の提唱者の板倉聖宣さんと、社会科の仮説実験授業の研究をしていた長岡清さんの共著の『社会にも法則はあるか』という面白いを手に入れた。新書程度の軽いなのだが、ここに含まれている社会科学というものを捉える視点というのは、数学系としては非常に納得のいくすっきりしたものに感じる。 哲学的な科学論としては、ポパーが提唱した「反証可能性」というものが有名なようだが、「反証可能性」というものを視点としたときは、考察している対象が「科学ではない」という判断は出来るものの、それが「科学である」という肯定判断はどうしたらいいかわからなくなる。「反証可能性」があるということが確認できたとしても、それは単に真偽を確かめる方法があるということがいえるだけで、それが真理であるということが確かめられたわけではないからだ。 科学というのは、それが真理であることがいえなければ、「科学である」という肯定判断は出

    kenjeen
    kenjeen 2007/02/25
    社会科学について
  • 思い通りにならないはずの他者を思い通りに「する」ことが好きで好きでたまらない人たち|藤井誠二のブログ

    藤井誠二のブログノンフィクションライター的日常思い通りにならないはずの他者を思い通りに「する」ことが好きで好きでたまらない人たち 『殺された側の論理』が来週(2月26日)屋に並ぶ。装丁は鈴木成一さん。すばらしいお仕事をしてくださった。 昨年12月に上梓した『少年犯罪被害者遺族』について、内藤朝雄さんhttp://d.hatena.ne.jp/suuuuhi/20070218 が書評(図書新聞2006.12.17・2810号)を書いてくれた。書評を超えた社会時評である。 人と版元の承諾を得て掲載させていだたくことにした。 それにしても、内藤さん書くところの、〔ケア・教育系の「する」「させる」情熱でもって、思い通りにならないはずの他者を思い通りに「する」ことが、好きで好きでたまらない人たち〕、言い方をかえれば「心に善意という土足で踏み込んできてコントロールしようとする人々」につい

  • 人権という文化 - good2nd

    こないだ買ったジョン・ロールズ他『人権について』(みすず書房、1998、asin:4622036673)、リオタールの論文だけは何を言ってるのか全然わからないので3ページくらいで断念しましたが、だいたい読んだところです。で、 なぜ人間には人権があるのにくじらにはくじら権がないのですか。 - Yahoo!知恵袋 がちょっと注目されてたりして、自分的にはちょっとタイムリーだったり。 所収論文の中で一番僕が興味をひかれたのはリチャード・ローティのもので、そこでは人権を基礎づけようとする試みを批判してます。以下僕なりの理解。 まずローティは人間には理性があるから、とか、何か人間に普遍的な質があるから、人はすべて尊重されるべきだ、という議論はあんまりうまくないというのです。彼がプラグマティストだからなんでしょうけど、実際に差別をしてる人は、差別の対象を「同じ人間」と見ていないのだ、だから「人間の」

    人権という文化 - good2nd
  • 僕たちはいったい何を見ているのか?: DESIGN IT! w/LOVE

    昨日の「僕たちに自由意志はあるのか?」での自由意志に関する話だけでなく、現代の脳科学に明らかにする様々な事実は、僕らが普段信じている世界を一変させるインパクトをもったものが少なくありません。 またもや池谷裕二さんの『進化しすぎた脳』からの引用になりますが、こんな記述。 網膜から挙がってくる情報が視床にとって20%だけ、そして、視床から上がってくる情報は大脳皮質にとっての15%だけ。だとしたら最終的に、大脳皮質の第一次視覚野が網膜から受け取っている情報は、掛け算すればよいわけだから、20%×15%で、なんと全体の3%しか、外部の世界の情報が入ってこないことになる。残りの97%は脳の内部情報なんだよね。 これ、すごいですよね。3%ですよ、3%。たったの3%しか脳は目からの情報を受け取っていない。 一体、じゃあ、何を見てるのかという話ですよね。 残りの97%が脳の内部情報だとしたら、普段見ている

    kenjeen
    kenjeen 2007/02/21
    全体の3%しか、外部の世界の情報が入ってこないことになる。残りの97%は脳の内部情報なんだよね。
  • 研究メモ 続・リバタリアン宣言

    前回のエントリ リバタリアン宣言 http://d.hatena.ne.jp/dojin/20070213 に対して、著者の蔵研也氏からメールを頂いた。ありがとうございます。主内容は以下のとおり。 一言、身障者の「自由」について。 この点についてはアイザイア・バーリンの『二つの自由』が 参考になると思われます。 小生は身障者問題についてあまり深く考えたことはありませんでしたが、リバタリアンとしては、そのような「自由」はやはりないと言わざるを得ません。 人道主義的には納得しますが、しかし、世の中には、身障者福祉などしたくないという人もいることは間違いないからです。小生には道徳的にこのような人たちから国家という強制装置を使って、資源を強制的に奪ってまで福祉にあてることが正当だとは思われないのです。 リバタリアンである小生は、福祉に携わる人はそれに応じて社会で尊敬なり、寄付なりをえることで満足す

    研究メモ 続・リバタリアン宣言
  • 研究メモ - リバタリアン宣言

    リバタリアン宣言 (朝日新書) 作者: 蔵研也出版社/メーカー: 朝日新聞社発売日: 2007/02メディア: 新書購入: 3人 クリック: 43回この商品を含むブログ (31件) を見る 最近は、ロールズ正義論の原書をすこーしずつ読んでいる以外は、思想系はこういう飛ばし読みしながら1時間くらいで読めるものしか読んでいない。 こういうはたまにあったらいいけれども(リバタリアン、というか私が読んだ数人のリバタリアンの啓蒙書は、いい意味でもわるい意味でも一貫しているところがあって、いろいろ整理する際には便利だし、なるほどなぁとも思うことがけっこうある。)、あまりありすぎたら困るな、リベラリズム側はある程度反論して牽制して欲しいな、という題に入る前にいっておくと、まずこのは実証的な観点からは突っ込みどころ満載。「NPOは資金をできるだけ目的の実現に効果的に使うインセンティブを持ってい

  • 進化生物学――科学と価値のあいだ | 科学的世界観のblog

    『社会生物学論争史 ―― 誰もが真理を擁護していた』 2 ウリカ・セーゲルストローレ 垂水雄二 みすず書房 P647 まず、進化生物学そのものの性質――書で扱われた諸問題の根源的な原因――の検証から話を始めよう。進化生物学は、かなり特殊なタイプの科学分野である。一方でそれは、すべての科学と同じように、世界についての客観的な知識を拡大しようと試みている。もう一方では、それはまさしく人類の起源にかかわる問題を扱ってもいる。進化生物学は、既存の他の創造神話や人類の自己認識と競合するものだと主張する。この性格は、それを他のあらゆる分科と同じようにたんなる科学とみなすことをむずかしくする。進化生物学に、暗黙の道徳的機能をも与えることは避けがたいように思われる。もう一つの疑問は、進化生物学者自身がこのことを問題として認識しているかどうかである。そして、もしそうなら、彼らはいかにして、それに対処するの

    進化生物学――科学と価値のあいだ | 科学的世界観のblog
  • 日本の食と農 - Standing Stone 別館の引越し先

    と農 危機の質 (シリーズ 日の〈現代〉) 作者: 神門善久出版社/メーカー: NTT出版発売日: 2006/06/24メディア: 単行購入: 8人 クリック: 129回この商品を含むブログ (48件) を見る これは、あまりぱっとしない(?)題名に反して、非常に刺激的で面白いです。サントリー学芸賞をとったのも頷ける。 書の中心は3〜6章。そこでの主張は単純明快。 今のままでは日の農業は立ちゆかない。先進的農家が規模を拡大し、創意工夫を重ねて経営を進めていくことが必要。当は規制すべき農地転用の局面で「規制緩和」という形で市場原理が持ち出され、市場原理に任せるべき農業経営の局面で過保護な政策が続いている。 主張は明確だし、そこに至る議論も具体的でわかりやすい。 日の零細農家(主な収入は他で得ている)は、あまり時間と労力をかけないで農業をやりつつ、開発による土地の転用(

    日本の食と農 - Standing Stone 別館の引越し先
  • 社会システムとルール社会を越えていくもの: 極東ブログ

    世界と「私」はどのような関係にあるのか。その関係はどのように変遷し、今、どう変わろうとしているのか、といった、青臭いネタを書く。話を簡素にするために、叩き台的に哲学者竹田青嗣「『自分』を生きるための思想入門」(参照)を使うが、話の筋は竹田の議論にそれほど依存しなくてもいい。ただ、その場合は議論が煩瑣になるというくらいだろうと思う。 同書については、ちょっと哲学志向のある高校生や大学生は読んでおくとその後人生が楽になるかもしれない。哲学プロパーな人は些細な点でいろいろひっかかえって途中で放り投げてしまうかもしれない。竹田の著作史的には、初期の現象学とこの時期特有の橋爪大三郎との交流の影響がある。それでも書の大枠は比較的近著「人間的自由の条件―ヘーゲルとポストモダン思想」(参照)までの射程を持っている。というか、むしろ先の書のほうが竹田思想のコアが見やすい。 まず古典的な世界象は未だ国会

  • http://www.yasuienv.net/TellALie.htm

  • Evaluation of "The Skeptical Environmentalist"

    Bjorn Lomborg, The Skeptical Environmentalist: Measuring the Real State of the World (Cambridge University Press, Cambridge UK, 2001 ISBN0-521-01068-3, 515ページ) 2002/4/10 山形浩生 1. 概要 自称環境保護論者たちや、エコロジストたちは、地球環境が危機的な状態に陥っていて、いますぐ文明のあり方を 180 度転換しなければ早晩地球は滅びる、と主張したがる。資源枯渇、地球温暖化、人口爆発、環境ホルモン、生物種の絶滅、森林消失……だが、そうした主張は当に正しいのだろうか? こうした環境保護論者たちが使っている各種の数字を子細に検討して、書はまったくちがう世界像を描き出す。環境保護論者たちの多くは、センセーショナリズムを求めて統

  • ロンボルグ『環境危機をあおってはいけない』 - Standing Stone 別館の引越し先

    環境危機をあおってはいけない 地球環境のホントの実態 作者: ビョルン・ロンボルグ,山形浩生出版社/メーカー: 文藝春秋発売日: 2003/06/27メディア: 単行購入: 6人 クリック: 174回この商品を含むブログ (100件) を見る 第1部 環境危機の「よく聞くお話」は当か? 第2部 人類の福祉はどんな状態か? 第3部 人類の繁栄は維持できるのか? 第4部 公害は人間の繁栄をダメにするか? 第5部 明日の問題 第6部 世界の当の状態 【第1章のあらまし】 地球環境に関する定番話:「すでに地球の土壌は失われ、水産資源は虐殺され、井戸は干上がり、化石燃料の焼却は何百万人もの生命を脅かしている」。 こうした定番話はワールドウォッチ研究所の『地球白書』や世界自然保護基金(WWF)、グリーンピースが特に得意だが、今日では他の場面でも十分な検証なしに頻繁に語られている。 これに対して

    ロンボルグ『環境危機をあおってはいけない』 - Standing Stone 別館の引越し先
  • ロンボルグ本1 市民のための環境学ガイド

    これまで間接的にしか情報を得ていなかっただが, http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/Week020501.htm#label05291 http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/Week020501.htm#label05221 「今月の環境」でご紹介したように、日語訳版が出た。 http://www.ne.jp/asahi/ecodb/yasui/Week0307.htm#label07011 「懐疑的環境主義者」。日名、「環境危機をあおってはいけない」。ビョルン・ロンボルグ著、山形浩生訳、4500円。文藝春秋刊。ISBN4-16-365-80-6 いささか高価だが、環境問題を論じる前には、一読すべきの一つであることは確実。反対するにしても、賛成するにしても、ある種の基準点を作ったようなである。 日にもこのような

  • 奥修: 環境危機をあおってはいけない -コメント

    <寄稿・書評論文> ビョルン・ロンボルグ著 『環境危機をあおってはいけない』 The skeptical environmentalistに関する幾つかのコメント 奥 修*1 http://www.nextftp.com/musaokuo/skeptical.htm (2004年4月16日HTML版・2004年12月2日PDF化に際して一部加筆・2005年1月27日最終稿) *1 環境管理技術研究部門 地球環境評価研究グループ 客員研究員 〒 305-8569 つくば市小野川16-1 産業技術総合研究所 つくば西事業所 平成17年2月 平成16年度 大気圏・水圏における粒子状物質の挙動に関する報告書(AIST 04-J00026) 独立行政法人 産業技術総合研究所 環境管理技術研究部門 地球環境評価研究グループ 別刷 ビョルン・ロンボルグ著 『環境危機をあおってはいけない』 The ske

    kenjeen
    kenjeen 2007/01/28
    ロンボルグの本について
  • マインド・タイム(2): SYNC

    kenjeen
    kenjeen 2007/01/27
    健常な脳は、感覚を遅らせる。 しかし、意識はその遅れに気がつくことなく、刺激と同時に感覚を感じることができる。 なぜなら、時間をさかのぼって経験されるから。
  • 【インフォシーク】Infoseek : 楽天が運営するポータルサイト

    日頃より楽天のサービスをご利用いただきましてありがとうございます。 サービスをご利用いただいておりますところ大変申し訳ございませんが、現在、緊急メンテナンスを行わせていただいております。 お客様には、緊急のメンテナンスにより、ご迷惑をおかけしており、誠に申し訳ございません。 メンテナンスが終了次第、サービスを復旧いたしますので、 今しばらくお待ちいただけますよう、お願い申し上げます。

    kenjeen
    kenjeen 2007/01/27
    「ユーザーイリュージョン」から文章を引用