日本テレビホールディングス(東京)の子会社化が決まったスタジオジブリ。鈴木敏夫社長を悩ませてきたのは、世界的な映画監督、宮崎駿氏の後継者だった。

今回の経緯について、鈴木氏は「宮崎駿は82歳、僕は75歳、長らく悩んできたのが後継者問題でした」と切り出し、スタジオジブリの後継者として、創業者である宮崎駿氏の長男である宮崎吾朗氏が何度か候補に挙がってきたが、吾朗氏は「一人でジブリを背負うことは難しい。会社の未来についてはほかに任せた方が良い」という考えで、これまでずっと固辞してきた経緯があったことを明かした。また、宮崎駿氏も、息子の吾朗氏が受け継ぐことに反対の立場だったという。 そうした事情の中で昨年、長年にわたり付き合いのある日本テレビとの話し合いを開始。日本テレビは1985年に『風の谷のナウシカ』(劇場公開は84年)をテレビ初放映して以来、映画番組「金曜ロードショー」を通じてスタジオジブリ作品を放送し続け、毎回高視聴率を獲得し、企業価値向上など「恩恵を受けてきた」と杉山氏。この日行われた取締役会では「満場一致」で今回の子会社化が了承
「風立ちぬ」引退会見を終え、握手する宮崎駿監督と鈴木敏夫プロデューサー(左)=6日、東京都武蔵野市、小玉重隆撮影 【石飛徳樹】日本映画の好調を引っ張ってきたスタジオジブリの宮崎駿監督が引退を表明した。宮崎アニメはなぜメガヒットしてきたのか。なぜ今やめねばならないのか。ポスト宮崎時代の日本映画はどうなるのか。興行の側面から宮崎引退を考えた。 ■作品優先・ロングランで 2000年以降のジブリ作品は、宮崎作品以外もすべて、その年の日本映画で1位の興行収入を上げた。鈴木敏夫プロデューサーの功績は大きい。「僕の宣伝は正攻法」と鈴木さんは言う。過去には「宣伝しない宣伝」を唱えるなど、奇をてらっているようだが、世間が盛り上がっていれば宣伝せずに飢餓感を高めるし、今回はその反対。理にかなっている。 続きを読むこの記事の続きをお読みいただくには、会員登録が必要です。登録申し込みログインする(会員の方)無
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