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ブックマーク / zerobase.medium.com (15)

  • 私がベーシックインカム懐疑論者に転向した理由

    以前ベーシックインカムの導入を訴える文章を書いたことがあるのだが、『ゲンロン0 観光客の哲学』を読んでから考えが変わった。 ベーシックインカムの何が問題かベーシックインカムの大前提である「全員一律」という福祉原理は、「誰が『全員』に含まれるのか」というメンバーシップの確定を必要とする。それは同時に、新たにメンバーシップを得ようとする人間を排除する論理に帰結する。言い換えれば、ベーシックインカムは「友敵理論」の政治と不可分である。 そもそも「セイフティネット」とは「安全網」であり、「高所からの転落を防止する網」であって、転落者のための安全装置である。ベーシックインカムはどうだろうか、まだ転落していない人にも「全員一律」に給付されるのであって、定義上「セイフティネット」とは呼べない。より妥当なメタファーは、例えば「底上げ」のようなものだろう。 ベーシックインカム制度がその受給資格者(メンバー)

    私がベーシックインカム懐疑論者に転向した理由
  • 現代アートが「知的×感性的エクスタシー」を催すとき、コレクションしたくなる

    ウィトゲンシュタインや構造主義を経て「言語ゲーム的世界観」がインテリの大前提になっているいま、ウィトゲンシュタインを真っ向から否定する新たな思想があってもよさそう。「言語ゲームなんてないんだ」みたいな。 と思ったのは、現代アートについて考えながら。現代アートは言語ゲーム。でも、それは突き詰めれば無根拠ってこと。相対主義。それに対してある種の絶対主義的な価値を打ち立てることはできないんだろうか、と。 試みに、感性学を根拠とする美学(エステティクス)を、認知心理学や神経科学によって再理論化することは考えられるかもしれない。例えばfMRIで「ほら、これが視覚的快感の脳活動パターンですよ」と。しかし、そのような唯物論では「不快」に美的価値を見出すことはできない。唯物論では語れない。 唯物論や自然科学でケリがつくなら、とっくについている。だから言語ゲーム論が強いんだが、人類がその地点で100年ほど足

  • エイプリルフール企画をやるのにポストトゥルース時代への批評性がないのは鈍感すぎる

    エイプリルフール 飽きた…… ネット企業のみなさん、これいつまで続けるの……? ふつうにフェイクニュースが増えただけで、単にウザいですよ。企業イメージにマイナスじゃない? 今年ってのは、昨年を経た時点なわけで、そういうコンテキスト大事ですよ? フェイクニュースがアメリカ大統領選挙にも影響力を持ったと言われている時代に、いまだに素朴にエイプリルフール企画なんてやられてもね…… 現実のフェイクニュースの圧倒的強度の前には、あまりにも取るに足らない虚構性だと言わざるを得ませんよ。 もし、あえて今年のエイプリルフールに何かやるなら、そういうポストトゥルース時代に対する批評性を持ったことをやらないと。さもなくば、知的にはゼロですよ。 商売と関係なく大人が遊んでみせてるわけでしょ? そこに知性がないって、単に楽しければいいって、それじゃただのヤンキー文化じゃん。 思考停止で年中行事化したエイプリルフー

    エイプリルフール企画をやるのにポストトゥルース時代への批評性がないのは鈍感すぎる
  • プログラミング言語の選択とソフトウェア企業の競争優位性に関する本当のところ Smalltalk, Clojure, Lisp

    SmalltalkSmalltalker の給料が一見高く見えますが、そうではなくて、このグラフが示してるのはSmalltalkerの高齢化です。いっときSmalltalkをやっていた、ぼくの実感にも合います。 Smalltalkは、ある世代とともに消えゆく運命にあると言わざるを得ません。限界集落ならぬ限界言語。細々と伝統芸能的にでも継承していければいいんだけど。プログラミング言語も話者が絶えれば、人類から失われます。 Smalltalkは「オブジェクト思考」というか「メッセージ思考」を身に付けるために、「教養」として多くのプログラマーが学ぶべき言語だと思います。〔注:この段落の「思考」は ‘thinking’ であり、「指向」の誤りではありません。〕 Smalltalkという言語がソフトウェア産業にできる貢献は、まだしばらく続くでしょう。実際のプロジェクトで使わないにしても。 したがって

  • 日本人の低すぎる生産性と、IT打ち壊し百姓一揆

    生産性の低すぎる日社会デービッド・アトキンソン著『新・所得倍増論』を読んだ。日社会は世界トップクラスの質の労働者を抱えながら、「一人当たりGDP」や「時間当たり生産性」 において極めて低い水準にあるという。その結果、先進国で最も貧しい国になっている。(いずれもデータに基づく議論なので、関心のある人はを読んで確認してほしい。) そのような現状分析からの政策提言として、「政府がGPIF(公的年金ファンド)を通じて上場企業に『時価総額を上げろ』というプレッシャーをかけるべきだ」と書かれている。 曰く、日の上場企業経営者は、国際水準ではまったくの無能であり、利益を出せていない(「3時に閉まる銀行」という例が何度も登場する)、無能な経営者を交代させることでしか生産性の向上はない、女性の活躍もないという論旨だ。 同様の提言は他の識者からもなされている。藤野英人著『ヤンキーの虎』では「5年平均で

  • 「稼げない奴は子供を作るな」という社会

    このような「経済ゲーム」は、一見すると自然の摂理(ピュシス)とは関係ありません。人が勝手に作り上げたルール(ノモス)です。現代社会は、歴史の偶然で、たまたまこのように過酷な社会になっています。ですから、人の力でそれを簡単に変えることもできます。なにせ、単なる「決め事」の問題なのですから。 当でしょうか? ひょっとしたら、進化論的に「稼げる遺伝子」が選択される淘汰圧なのかもしれません。だとすると、「稼げない奴は子供を作るな」という社会は、「たまたま人がそう作り上げた結果」つまりノモスではなく、「暴力的な自然の摂理そのもの」つまりピュシスなのだと言うことができます。 そもそも「進化」というゲームは、初めから稀少性を巡る「経済ゲーム」でした(『利己的な遺伝子』)。生物以前の段階では、元素が争奪戦の対象でした。生命になってからは、料、配偶者、土地、労働力、貨幣、承認の奪い合いへと、歴史的に展開

  • AI奴隷制の倫理的問題と、人型規制という解決策

    AI人工知能)とベーシックインカム(無条件に政府から与えられる基礎収入)によって人類が労働から解放される「奴隷制2.0」の社会は、奴隷制1.0を廃止させた「普遍的人権の倫理的要請」をクリアしている。 奴隷制1.0は、「やっぱ同じ人間をモノ扱いするのはマズいっしょ」という人類の博愛主義によって崩壊した。 奴隷制2.0は人間ではなくモノに働かせるんだから問題なさそうに見える。しかし、当にそうだろうか。汎用AIに対して尊厳を認めようとする脱人間中心主義的な政治運動が出てくるのは不可避である。現代における捕鯨反対運動のようなものとして、それは展開されうる。 人間は、自らの似姿、つまり人間に似てるモノを、人間の概念に組み入れてきた。そもそも欧州人にとって、アフリカ人などは最初は「人間かどうか」と議論されるようなものだったわけだし、何を持って「人間」と考えるかの境界は決して自明ではなかったし、今後

  • 計算論的思考 (Computational Thinking) という21世紀のリテラシー

    計算論的思考 (Computational Thinking) という21世紀のリテラシー コンピュータ科学者のように考えるということは, コンピュータをプログラムできるということ以上の意味を持つ. 複数のレベルの抽象思考が必要である. — Jeannette M. Wing Jeannette M. Wingによるエッセイ Computational Thinking (計算論的思考) を紹介します。その内容は、「計算論的思考 (Computational Thinking) は21世紀のリテラシーである」と読めます。力強いマニフェスト(宣言文)です。じつに慧眼で、まさに膝を打ちました。 ちなみに、「この文章を構成する文のうち何パーセントを理解できたか」という指標で、CSリテラシーを測れそうな文章でもあります。一文一文がCS的に深い意味を持っていて、情報密度の高い文章です

  • 「LGBT差別を許容したい」という文章への批判

    株式会社レアジョブ会長の加藤智久氏による「LGBT差別を許容したい」という文章について。内面→言動→影響のプロセスが区別されていないし、構造的暴力といった観点もないし論外です。「文章が下手なだけなのかな」といった好意的な解釈をする気もありません。はてなブックマークでも多数の問題点が指摘されてます。 とくに問題なのは「差別を許容する」という言葉において「差別的思想」と「差別的言動」の区別がついていないようにしか読めないところです。「差別的思想の禁止」と「差別的言動の禁止」はまったく異なります。 人間の内面は何人(なんぴと)たりとも犯してはならない「聖域」とされており、これは近代憲法で基的な人権として保障されています。考えるだけならば、何を考えようが自由です。しかしその考え(思想)を言動として表出することには「社会的に許される限度」があります。その限度を超える言動は法によって規制されることが

  • MacBook Airに必要なアプリ

    MacBook AirにYosemiteをクリーンインストールしました。いい機会なので「アプリ断捨離」しました。最小限のアプリだけに。 1Password 4.app パスワード管理Dropbox.app クラウドストレージEvernote.app ノートMacVim.app ハッカー向けエディタMessenger.app Facebook Messenger専用アプリ(非公式)Notifier Pro for Gmail.app メニューバーにGmail新着通知(App Store)Photo Resize Magic.app 写真の一括リサイズ(App Store)Pixelmator.app 画像編集(App Store)Pocket.app 未読管理(App Store)Sketch.app ドローツール(App Store)Skitch.app スクリーンショットSkype.ap

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  • UIデザインの中心教義:Trygve(1979)~Cooper(2014)

    トゥリグヴィ・リナカウ (Trygve Reenskaug) の論文(1979)に掲載されている、モデル・ビュー・コントローラー(MVC)アーキテクチャの説明図「ユーザーのメンタルモデル」と「ソフトウェア実装モデル」と「ソフトウェア設計モデル」の三者間のギャップが課題であり続けてるんですよね。1979年のMVC登場以来ずっと、2014年の“About Face 3”まで。 The essential purpose of MVC is to bridge the gap between the human user’s mental model and the digital model that exists in the computer. アラン・クーパー (Alan Cooper) のAbout Face 4 (2014)に掲載されている、実装モデル・メンタルモデル・表象モデルの違

    UIデザインの中心教義:Trygve(1979)~Cooper(2014)
  • ハイパーピクトグラムというアクセシビリティプロジェクト

    ピクトグラムを機械にも理解させるためのハイパーピクトグラムというアーキテクチャを考えて、その具体的実装としてカタログサイトというものを作っています。夢としては、ここに数万のピクトグラムを掲載し、RDFという技術を使ってメタデータ[1]をつけていきます。 これが形になれば「RDFを知らなくてもRDFを利用できる」ようになるはずなのです。イメージとしては、「クリエイティブコモンズのシールを貼るだけで、グーグル画像検索に反映される」みたいに、ピクトグラム画像のHTMLコードをコピーアンドペーストするだけで「データのウェブ」にリンクされます。 例えば飲店のホームページに「禁煙」「クレジットカード利用可」「車いす利用可」などのピクトグラムを貼れば、それがグーグルにインデクスされる。そして、あるユーザーが「車いす利用可の飲店」をグーグルで検索したときにそのお店が出てくるようになる。いわば「次世代S

    ハイパーピクトグラムというアクセシビリティプロジェクト
  • 『インターステラー』ノーラン監督の次回作には「人工知能とネットワークがもたらす不安」を描くサイバーパンクを期待

    クリストファー・ノーラン監督の最新作『インターステラー』は素晴らしい作品でした。また観たい作品です。ですが、この文章では『インターステラー』自体は批評しません(代わりに東浩紀氏のインタビューでもご覧ください)。ノーラン作品群に通底するテーマと、そこから次に期待する作品像について書きます。 映画『インセプション』のポスターアート「人間の存在の土台」を揺さぶり「存在論的不安」を描くのがノーラン節ノーラン監督は「人間の存在の土台」を揺さぶるようなテーマに拘っている作家です: 『メメント』では「記憶」という自己同一性の土台を揺さぶり、「自分は何者なのか」という不安を描いています。『ダークナイト』では米国的な「正義」という価値観の土台を揺さぶり、「自分が信じてきた『正しさ』は当に『正しい』のか」という不安を描いています。『インセプション』では「覚醒状態」という世界観の土台を揺さぶり、「この世界は夢

    『インターステラー』ノーラン監督の次回作には「人工知能とネットワークがもたらす不安」を描くサイバーパンクを期待
  • 東京と福岡の地図を重ねることから見えてきた共通性と、福岡空港の「異物」性

    「お台場から東京を眺めるように、博多湾から福岡を眺めてみたい」と思い立ち、福岡の地図を180度回転して、博多湾と東京湾が重ねてみました。それを眺めてみると、いろいろな想像が湧いてきました。 [リトルフクオカvol.01で発表した内容に加筆したものです] 背景福岡出身・東京在住の私が、福岡の地図を眺めながら、ふと「この地図の向きを変えたら、東京に似てるんじゃないか」と思いついたのがきっかけです。 先行研究(知りません。ご指摘頂けると助かります) 手法と手順グーグルマップで東京の地図と福岡の地図を開きます。同縮尺にて、博多湾と東京湾、天神と銀座が重なるように二つのマップの中心点を調整します。それぞれの画面をキャプチャします。福岡の地図を180度回転します。下図がその画像です: 結果とくに共通性を見いだせるのは: 銀座と天神(消費の中心)皇居と大濠公園(旧城郭)代々木競技場と博多の森球技場(スポ

    東京と福岡の地図を重ねることから見えてきた共通性と、福岡空港の「異物」性
  • project-itoh.comの使いにくさと設計ミス

    http://project-itoh.com/ 〔註:すでにサイトはリニューアルしており、この記事の内容を現物で確認することはできません〕 今時めずらしいほどヒドイUI設計を見かけました。こういうものが蔓延しないよう、警鐘として、啓蒙的な文章を書くことにしました。 UIデザインの訓練をしていない人は、「なぜ使いにくいのか」を説明出来ないものですし、そもそも「使いにくさ」に気づかないものです。使いにくいものを無自覚に、つまり「使いにくい」と思わずに使っていたりします。 プロならひと目なのですが、素人向けに、この文章では細かく「使いにくさ」について説明します。 第1セクション:キービジュアルとインストラクション Project Itohの画面キャプチャ:”scrool down”というインストラクション部分を強調したものこのウェブページを開いた直後、初期状態です。ここでページのインタラクショ

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