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歴史に関するo-v-oのブックマーク (54)

  • Harlots, Whores and Hackabouts by Kate Lister review – a history of sex for sale

  • 「神憑り軍人」たちは何を信じたか 藤巻一保さん「戦争とオカルティズム」インタビュー|好書好日

    藤巻一保さん=撮影・北原千恵美 藤巻一保(ふじまき・かずほ)作家・宗教研究家 1952年、北海道生まれ。中央大学文学部卒。編集者を経て著述活動に入る。東洋の神秘思想、近代新宗教に関する著作を数多く手がけている。主な著書に『密教仏神印明・象徴大全』『役小角読』『秘説 陰陽道』『愛と呪法の博物誌』『偽史の帝国 “天皇の日”はいかにして創られたか』など。 異常な時代の正体を明らかにしたかった ――藤巻さんの『戦争とオカルティズム 現人神天皇と神憑り軍人』は、陰謀論や超古代史などのオカルトに魅了された旧日軍の軍人たちを通して、日を〈聖戦〉へと導いたイデオロギーに迫った異色の戦争裏面史です。執筆のきっかけを教えてください。 若い頃から秘教的な世界に興味があって、長年その分野のを書いたり編集したりしてきましたが、一方で日は神の国であるという信仰に支えられた明治から昭和までの日についてもず

    「神憑り軍人」たちは何を信じたか 藤巻一保さん「戦争とオカルティズム」インタビュー|好書好日
  • 時代によって千変万化する足利尊氏に対しての評価 (前編) : この世は夢のごとくに候

    4月20 時代によって千変万化する足利尊氏に対しての評価 (前編) カテゴリ:足利尊氏南北朝時代・太平記 日史に登場する人物達の中には、平清盛、松永弾正、明智光秀、吉良上野介、徳川綱吉、田沼意次、井伊直弼など、戦前はどちらかというと “悪役” というイメージが強かったものの戦後はそのイメージが徐々に薄まり “時代の先駆者” や “偉大な名君” として評価される事も多くなってきた、という人物が少なからずおり、逆に、和気清麻呂、菅原道真、児島高徳、山中鹿之助、二宮尊徳、高山彦九郎、乃木希典など、戦前・戦中はほとんど誰もが知っている人物であったにも拘らず戦後はすっかり影が薄くなってしまった、という人物も少なくはありません。 昨年3月11日の記事で詳述したように、鎌倉時代末期から南北朝時代(建武の新政期)にかけて活躍した名将・楠木正成も、時代によって評価が大きく変わる事で知られています。しかし、

    時代によって千変万化する足利尊氏に対しての評価 (前編) : この世は夢のごとくに候
  • 時代によって千変万化する足利尊氏に対しての評価 (後編) : この世は夢のごとくに候

    5月4 時代によって千変万化する足利尊氏に対しての評価 (後編) カテゴリ:足利尊氏南北朝時代・太平記 (前編から続く) 戦前の日では、楠木正成は「忠臣の鏡」「大楠公」として過剰なまでに高く評価され、逆に、その正成を討った足利尊氏は大極悪人と解される事が多かったため、明治時代に於いても、常に正成は高く評価され、尊氏は逆賊視されていたのであろうと思っている人が多くいますが、少なくとも明治時代前期から中期にかけての時期は、実はそうでもありませんでした。 明治期にヨーロッパの近代歴史学が入ってくると、史学界では太平記の史料的価値が疑われるようになったため、正成は一般の庶民には尊敬されていたものの、史学の分野に於いては正成の評価は下がっていきます。 東京帝国大学に初めて国史科が出来た頃、重野安繹(しげのやすつぐ)、久米邦武(くめくにたけ)、星野恒(ほしのひさし)という3人の博士が教授になりました

    時代によって千変万化する足利尊氏に対しての評価 (後編) : この世は夢のごとくに候
  • 邑良志別君宇蘇弥奈 - Wikipedia

    邑良志別君 宇蘇弥奈(おらしべのきみ うそみな、生没年不詳)は、奈良時代の東北蝦夷(陸奥国の蝦夷)。第三等(朝廷が蝦夷に与えた爵位第三位)[1]。後世では東北地方の各神社で祀られており、蝦夷の人物神とされ、「オラシ」の名称に関してもアイヌ人の信仰と関連するものとされる[2](後述)。 記録[編集] 『続日紀』霊亀元年(715年)10月29日条に記述が見られ、陸奥の蝦夷である邑良志別君宇蘇弥奈たちの訴え出として、「自分達は北方の狄(えぞ)の侵入に苦しみ悩まされ、親戚も殺されたため、香河村(現胆沢町と水沢市の一部[3])に新しい役所を置き、そこに村を作りたい」と、異民族被害のために新しい土地へ集団移住することを願い出ており、また、「編戸(へんこ)の民(=戸籍に登録された民)に入れて、永く安心していられるようにしてほしい」と発言したと記されており、朝廷の加護を得るために律令制下に入ることを要望

  • いま明かされる、戦中日本軍の「あまりに愚かな」逸話の数々(井上寿一×鴻上尚史) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

    2017年11月に同時刊行した講談社現代新書、井上寿一『戦争調査会 幻の政府文書を読み解く』と鴻上尚史『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』。 多くの人に知られていない文書に光をあてた前著は7刷、後著は10刷と版を重ねています。10万部を突破した『不死身の特攻兵』では、「必ず死んでこい!」と命令されながら、9回生還した特攻兵に迫り、合理性を欠いた日軍について考察しました。 敗戦へと突き進んでしまったのは何故だったのか。今回は、著者お二人が、太平洋戦争当時の日のあり方や、歴史を語り継ぐ意義について対談しました。 日人自らの手で戦争を検証する 鴻上: 井上先生が今回の著作のテーマに選んだ「戦争調査会」は、終戦間もない頃、幣原喜重郎首相の強い意向によって、日が敗戦に至った理由を調査するために設置された機関なんですね。 井上: ええ、東京裁判が連合国による戦争責任追及の場であったと

    いま明かされる、戦中日本軍の「あまりに愚かな」逸話の数々(井上寿一×鴻上尚史) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)
  • 藤沢文翁『ナチの衣装を着てはいけない本当の理由』

    先日のハロウィンで、ナチスの軍服を連想させるとされる衣装を着たアイドルグループがイスラエルから抗議を受けるというニュースがありました。 決して今に始まったことではないのに、驚かれた方もおられるのでは? プロレスラーが入場の時に、ナチスの軍服っぽい格好で入場するのを見たことがあります アイドルのダンスに、ナチスの敬礼っぽい振り付けを見たことがあります アニメのキャラクターで、あきらかにドイツの軍服を着ているのもあります。 ネットがないころは、日で何をやっても、誰の目に止まらなかった。 しかし現地は多少雰囲気が違って 僕がパリに住んでいる時に、エフェル塔の前でナチスの敬礼で写真をとった日人が逮捕されたという事件もありました。 今回、突然の騒動は ネットを通じて、日の出来事が世界中で閲覧されるようになったことも一因ですね。 さて ナチスが第二次世界大戦でユダヤ人を殺戮した その軍服や敬礼や

    藤沢文翁『ナチの衣装を着てはいけない本当の理由』
  • 「神風特別攻撃隊」の本当の戦果をご存じか?(栗原 俊雄) @gendai_biz

    特攻。今日では美化されて語られることの多い「十死零生」のこの作戦。一方で、はたしてその戦果がどの程度だったのか、が語られることは少ない。毎日新聞記者・栗原俊雄氏が、ある特攻隊員の証言と史料をもとに、歴史の闇に斬り込む。(前編はこちらから) 「特攻の記憶」 目の前に、「桜花」を抱いた一式陸上攻撃機(一式陸攻)が飛んでいた。護衛のゼロ戦に乗っていた野中剛(1925年生まれ)は突然、「耳元でバケツを打ち鳴らされたような音を聞いた」。そして機体後部に「ガン」という衝撃を感じた。 1945年3月21月。海軍鹿屋基地(鹿児島県)から特攻隊が飛び立った。一式陸攻18機を基幹とする「神雷部隊」である。護衛のゼロ戦は30機。敵は九州沖南方の米機動部隊(航空母艦=空母を基幹とした艦隊)であった。一式陸攻は爆弾、魚雷も搭載できる軍用機だが、この日は初めての兵器を胴体に抱いていた。 その兵器こそ特攻のために開発さ

    「神風特別攻撃隊」の本当の戦果をご存じか?(栗原 俊雄) @gendai_biz
  • 三笠宮崇仁の紀元節批判(1957年) : 社会科学者の随想

    ① 紀元節は神話であり,学問的・現実的な根拠はない 昭和天皇の末弟三笠宮崇仁(タカヒト)は,自身が編者になった著作『日のあけぼの-建国と紀元をめぐって-』(光文社,昭和34年)5「歴史研究と学問の自由(座談会)で,こう発言していた。 「紀元節の問題もかなり宗教的な問題が含まれている」「明治憲法が紀元節の日に発布されてい」る。「紀元節とか神武天皇の神話」「と,明治における帝国主義的な政策との結びつき」「それをどう」「考え」るの「か」。 これは,同書の巻末において執筆陣が対談したなかでの三笠宮の発言であったが,その執筆者の1人は,こう記述していた。 「三笠宮さんの,つぎのような見解はけっして無視できない」。「もしも2月11日が紀元節と国で決めたなら,小学校の先生は生徒と何と説明するでしょう。せっかく考古学者や歴史学者のいのちがけでつみあげてきた日古代の年代体系はどうなることでしょう。ほんと

    三笠宮崇仁の紀元節批判(1957年) : 社会科学者の随想
    o-v-o
    o-v-o 2016/11/04
  • 井上和彦氏「日本が戦ってくれて感謝しています」をシンガポールで検証する - 今日もシンガポールまみれ

    ファクトチェックです。 産経などで時折取り上げられている軍事ジャーナリストに井上和彦氏という方がいます。「日が戦ってくれて感謝しています」という太平洋戦争に関する彼のネットや書籍での主張が妥当か、私が居住するシンガポールに関する記述を検証します。検証基準は下記です。 記述の事象は正確か (ファクトチェック) 記述の全体の位置づけが妥当か (例外や少数事象には注釈をつけるなど、一般的であるような誤解を避けているか) 記述の事象が正確かどうかや全体の位置づけの評価は、シンガポール教科書を含むシンガポール政府の記述を根拠とします。シンガポール政府の史実認識や解釈に異議があるかもしれませんが、今回の記事の視点は「シンガポール"が"、日が戦ったことに感謝しているか」だからです。 井上和彦氏による、以下の3つの記事のシンガポールの記述を評価対象にします。 zakzak by 夕刊フジ: 【戦後70

    井上和彦氏「日本が戦ってくれて感謝しています」をシンガポールで検証する - 今日もシンガポールまみれ
  • 1994年にジェノサイドが起きたルワンダの現場で、私がヘイトスピーチについて考えたこと-三浦英之さんの連ツイ

    三浦英之 「牙」文庫化 @miura_hideyuki ①1994年、多数派民族が集団になって少数派民族の隣人をナタやこん棒で殴り殺したルワンダのジェノサイド(集団虐殺)。多くの地区で少数派民族が根絶やしにされ、国人口が1~2割も減ったとされる現場で、私がヘイトスピーチについて考えたこと pic.twitter.com/KEdsio2cOd

    1994年にジェノサイドが起きたルワンダの現場で、私がヘイトスピーチについて考えたこと-三浦英之さんの連ツイ
  • 「神への生け贄」が階層化社会を生み出していた:研究結果

  • 江戸城の天守再建とは何事か - コバろぐ

    みなさんは、江戸城の天守を再建しようという動きがあるのをご存知ですか。 npo-edojo.org 2020年の竣工を目指すとのことで、何のかんの言って東京オリンピックの際の観光の目玉として位置付けたいというのはあったのでしょう。 その後、2023年、今度は菅義偉元首相が「推進するためには一つの大きな方向性と世論をつくらなければまずいと思っている」と述べたそうな。 news.livedoor.com しかし、この運動にぼくは徹底的に反対する。江戸城の天守閣は、絶対に再建なんかしたらいかんのです。 保科正之と明暦の大火 ご存知のとおり、江戸城(千代田城)は現在の皇居です。そこにお城の象徴である天守はありません。1657年の「明暦の大火」という大火事で焼け落ちたからです。そのときから天守が再建されることはありませんでした。なぜでしょう。 そのカギは、当時幕府の大老だった保科正之(松平正之)が握

    江戸城の天守再建とは何事か - コバろぐ
  • 鞆幕府の成立と滅亡 〜そろそろ「幕府」って使うのを止めませんか?〜 - はてな村定点観測所

    2015-12-05 鞆幕府の成立と滅亡 〜そろそろ「幕府」を使うのを止めませんか〜 「いいくにつくろう、鎌倉幕府」は日史で最も憶えやすい語呂合わせで、鎌倉幕府の成立を1192年と記憶しているロスジェネ世代も多いことだろう。しかし最近の中学や高校の歴史の教科書では、鎌倉幕府の成立を源頼朝が征夷大将軍に任命された1192年ではなく1185年と教えている。語呂合わせは「いいはこつくろう、鎌倉幕府」。1185年に文治の勅許により源頼朝が諸国に守護・地頭を設置することが認められ、軍事・警察権を実質的に掌握したことを源氏政権の成立と見なす学説が主流になってきたことが大きい。 「幕府」という呼称の成立 そもそも「幕府」という呼称自体が江戸時代の中期以降に朱子学の影響で学者の間で使われるようになってきた概念で、「鎌倉幕府」「室町幕府」という呼び方もこの頃から使われ始めた。江戸時代には武家政権は「公儀」

    鞆幕府の成立と滅亡 〜そろそろ「幕府」って使うのを止めませんか?〜 - はてな村定点観測所
    o-v-o
    o-v-o 2015/12/05
  • スキタイの黄金の埋葬品を発掘、「世紀の大発見」

    バケツ型の器が2つ、杯3つ、指輪1つ、首輪2つ、腕輪1つ。ロシア南部にあるスキタイ人の墳丘墓から発見された純金の埋蔵品の数々だ。(Photograph by Andrei Belinsky) ユーラシア大陸の広大な草原をおよそ千年間にわたって支配した騎馬民族。彼らは古代ギリシャ人やペルシャ人を恐怖で震え上がらせたが、都市や住居の痕跡は一切存在せず、今はただモンゴルから黒海にかけて広がる草原にクルガンと呼ばれる墳丘墓が点々と残るのみ――。 ロシア南部のカフカス山脈にあるそのクルガンから、このほど興味深い発見が報告された。見つかったのは、騎馬民族のなかでもギリシャの歴史家ヘロドトスがさまざまな偉業と麻薬の儀式について書き残した勇猛にして謎の人々、スキタイの黄金の埋葬品だ。 「これは世紀の大発見です。これまでに一帯で発見された中でも、とりわけすばらしい逸品です」。ドイツ、ベルリンにあるプロイセン

    スキタイの黄金の埋葬品を発掘、「世紀の大発見」
    o-v-o
    o-v-o 2015/05/28
  • ボリビア・アマゾンの古代文明 実松 克義 氏

    さねまつ かつよし 1948年佐賀県生れ。70年日大学文理学部卒業後、78年カンザス大学大学院修士課程修了。日電気国際研修所講師、アテネフランセ講師を経て90年に立教大学講師に着任、現職に至る。シャーマニズムおよび古代文明の研究をライフワークとし、主に中米のマヤ、アンデス、アマゾン地域においてフィールドワークを行なう。専門は宗教人類学。主な著書に『マヤ文明 聖なる時間の書』(現代書林)、『マヤ文明 新たなる真実』『衝撃の古代アマゾン文明』(ともに講談社)、『アンデス・シャーマンとの対話』(現代書館)などがある。 アマゾン川流域に古代文明の痕跡。埋もれていた第5の大河文明──先生のご著書『衝撃の古代アマゾン文明』を拝読して大変驚きました。 南米の文明といえばインカ、アステカ、マヤなどだと思っていましたが、世界最大の流域面積と熱帯雨林を持つことで知られているあのアマゾン川流域にも、それはそ

  • 「世界史上最大の悪」ホロコーストはなぜ起きたのか/石田勇治×荻上チキ - SYNODOS

    2015年1月、アウシュビッツの解放から70周年を受け、安倍首相はイスラエルのホロコースト記念館を訪問。「ホロコーストを二度と繰り返してはならない」と改めて述べた。この世界史上最大の悪とも呼べる、ユダヤ人の大量虐殺はなぜ生まれたか。その歴史的な背景を知り、そこから私たちがどのようなことを学べるのかを探っていく。TBSラジオ 荻上チキSession-22 2015年01月21日放送「ユダヤ人の大量虐殺はなぜ起きたのか?」より抄録。(構成/若林良) ■ 荻上チキ・Session22とは TBSラジオほか各局で平日22時〜生放送の番組。様々な形でのリスナーの皆さんとコラボレーションしながら、ポジティブな提案につなげる「ポジ出し」の精神を大事に、テーマやニュースに合わせて「探究モード」、「バトルモード」、「わいわいモード」などなど柔軟に形式を変化させながら、番組を作って行きます。あなたもぜひこのセ

    「世界史上最大の悪」ホロコーストはなぜ起きたのか/石田勇治×荻上チキ - SYNODOS
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  • 17世紀の遺骨が教えてくれた、奴隷船で連れてこられた人々のルーツ