今年度の「センター試験」の問題にも出たとかいう噂もあるそうだから、もうだれでも知っている話だが、今年は「大逆事件」が「発覚」したとされるときから数えても、またそれと時を同じくして日本が韓国を「併合」したときから計算しても、ちょうど100年目に当たる。 この「大逆事件」では、1910年5月下旬から逮捕が始まって、最終的に26人が起訴され、そのうち24人に死刑の判決が下された。翌日、明治天皇の「思し召し」で半分の12人は無期懲役に「減刑」されたが、あとの半分の12人は、判決から6日後と7日後の1911年1月24日と25日に、東京監獄で絞首刑を執行された。 これまでに明らかにされているところでは、明治天皇の馬車に爆弾を投げることを合議したのは、女性1人、男性3人の計4人だった。その話を持ちかけられたもう1人の男性は、それに同意しなかった。ほんとうに投げるつもりだったかどうかは別にして、少なくとも
![池田浩士 名誉教授 「『大逆事件』と天皇一家と私と」(2010.05.16) | 京都大学新聞社/Kyoto University Press](https://cdn-ak-scissors.b.st-hatena.com/image/square/fff4e54154c4755830a4be6abfe83431ae1b8af0/height=288;version=1;width=512/https%3A%2F%2Fwww.kyoto-up.org%2Fwp-content%2Fuploads%2F2023%2F07%2Ftwitter_ogp.jpg)