――「水木しげる生誕100周年記念プロジェクト」は、どのような経緯で生まれたのでしょうか。 尚子 水木が生まれたのが1922年なので、2019年ごろから「2022年の生誕100周年になにかできないか」と考えていました。水木プロダクションでは、それまで周年事業はやったことがなかったのですが、生誕100周年は1回しかないことなので、そこで盛り上がりを作れれば、と。次はまた100年後しかないので(笑)。 智裕 最初に着手したのが、100周年のロゴマークの制作でした。そのロゴマークをわれわれの名刺に印刷し、たとえば商談の折に「100周年なのでなにかできないですかね?」と各所に働きかけていったんです。 尚子 出版にしろイベントにしろ、「100周年」という冠があると、みなさん企画を通しやすいみたいなんですよ。 智裕 われわれだけではなにもできないので、東映アニメさんや出版社さんなど、パートナー