8月にCDを出します。
今月30日にライヴをやります。年の瀬だというのに! 先日、メンバーが渋谷でライヴをしていたので打ち上げから参加したら(いやあ、ごめんね)、佐々木敦さんがいて、「あ、虫博士だ! そうだ、30日空いてる? ライヴ出てよ!」と声をかけられ、グダグダとやりとりしてるうちに出演が決まったわけですよ。ギターの宇波が他のメンバーに連絡してくれて、下田さんと河崎さんはオッケー。でも足立さんはその時期ニューヨークにいるらしくNGなんだよね。残念。インセクト・タブー完全態での復活ではないですが、気が向けば来年あたり復活するかも知れません。とりあえず、「インセクト・タブー不完全態」として見てもらえると嬉しいです。 エクス・ポナイト VOL.5 【ポ祭2009!!!テン年代まであと2日!?】 2009年12月30日(水) 会場:渋谷 O-nest(Tel: 03-3462-4420http://www.shibu
文学フリマの告知、ちゃんとできないまま当日を迎えてしまったわけですが……。 当日、僕が会場をうろうろしていたら、みすぼらしい老人(推定年齢92歳)が俺に話しかけてきたんだよ。知らない老人なので、ちょっと警戒したんだけど……。「ワ、ワスが……」と呟いている。あれ? もしかして! 俺は恐る恐る聞いてみたんだよ。「もしかして、あの……有名映画ブロガーの『マトモ帝』さんですか?」。頷く老人。最近ではいろんな年齢の人がブログをやってると噂では聞いていたけど、俺が散々敵対視していたブログ「マトモ帝なんちゃらかんちゃら」(いつもタイトルを忘れる)のブログ主がこんなお年寄りだったなんて……たぶん『男はつらいよ』なんて全作観ているんだろうな……。 で、話を聞いてみようと思ったんだ。そうしたら、「金が……金が足りない……飯を食う金もない」っていうんだよ。要領を得ない話し方だったので(ブログ自体もそうだけど、本
さあ、もう後戻りはできないよ。 http://www28.atwiki.jp/chibaisland マトメ帝。 http://d.hatena.ne.jp/nishiogikucho/20080315 http://d.hatena.ne.jp/nishiogikucho/20070813 http://d.hatena.ne.jp/nishiogikucho/20070730 http://d.hatena.ne.jp/nishiogikucho/20070727 http://d.hatena.ne.jp/nishiogikucho/20070726 http://d.hatena.ne.jp/nishiogikucho/20070309 http://d.hatena.ne.jp/nishiogikucho/20070220/p1 http://d.hatena.ne.jp/nis
ないことはない。 かつて、デビューアルバムと称して、虫博士ソロカセットを作ったことがある。タイトルは『虫博士 is dead』。デビュー時に死んでいる。12分テープにみっちり吹き込んだ。ラジカセにマイクを突っ込んで、マイクのそばにカシオトーンを近づけて歌った。そのテープを作ったのが23歳のとき。こないだのライヴのあと、佐々木敦さんにその話をしたら、「え、虫博士って20代になってからなの?」とあきれられてしまった。すみません。で、それを聞いた宇波拓が面白がって、一緒にライヴをやろうと言って、新宿のシアタープーでやったのがデビューかな。そのとき、会場でテープを売っていたら、物好きな人たちが買っていった。その中になぜか評論家の平井玄さんがいて、のちに人づてに聞いたところによると、俺のことを「都会育ちの三上寛」と評していたらしい。 そのテープの音源は、宇波がデジタル化して保存しているはずだと思う。
いまテレビをつけながら仕事をしてたら、「ドン・キホーテ」(ディスカウントショップね)の紹介をしていて、前身が杉並区の「泥棒市場」だと言っていた。え、それって西荻の、あそこじゃん。子供の頃、「なんかごちゃごちゃしてる雑貨屋だなぁ」と思ってた。自分の中では、「吉祥寺のロジャースの西荻版みたいな感じの店」という位置づけだった。 それにしても、「泥棒市場」というネーミングが子供心に狂ってると思ってた。子供なので、本当に泥棒が仕入れていると思っていた記憶がある。なんて説明すればいいんだろう。日本の泥棒じゃなくて、「アラブの盗賊」みたいのが海外にいて、なんか横流ししてるんだろうな、という感じ。そりゃあ安く売れるってもんだろう、と。 まあなにが言いたいかというと、今日の日本の文化の一部(その善し悪しは問わないでおく)はやっぱり西荻発なんだな、ということ。いや、やっぱり善し悪しを問うておくと、俺が当時から
え〜と、最初はなんのことかよくわからなかったのですが(そしていまも実はよくわかってない)、id:Geheimagentさんの主宰する同人誌「UMA-SHIKA」に小説を寄稿することになりました。 昨日慌ててガシガシと書いて、今日送信しました! 原稿用紙35枚ほどのとっても爽やかな短編小説*1になったので、是非みなさん5月10日の文学フリマ(ってなんのことかよくわかってないんだけど)で手にしてください! 役に立つ情報は以下を見てね。 http://d.hatena.ne.jp/Geheimagent/20090407/p1 ちなみにタイトルは『信じようと信じまいと』です。 *1:嘘です。陰惨です
芋子がみんなの人気者になるなんて……。 本当だったら喜ぶべきことなのだと宮子もわかっている。 でも……「これでみんな僕のいいなりだよ」と口元を歪めていやらしい笑みを浮かべた芋子の表情を思い返すと、宮子は暗い気持ちになってしまうのだった。 人を文字通り蹴落として人気を得た芋子。 それを非難する宮子に、芋子は言い放った。 「見下されながら生きていくっていうのがどんだけきついか……ホンシュウモノの宮子にはわからないだろうな」 ショックだった。 初めて芋子が宮子のことを「ホンシュウモノ」と呼んだ。 宮子は一体どうしてこんなことになってしまったのか、混乱の中でなんとか振り返ろうとした。 川沿いの掘っ建て小屋に、どこから流れてついたのか誰にもわからない謎の老婆が住み始めたのは、春の終わりの頃だった。 「騙された……騙されたよ……あたしの百億円が騙し取られたよ」 その老婆はいつもそうつぶやきながら、町の
「思いつきで書いてるだけだよな」 深町さんに怒られた。 ここを読んでいる人(どれだけいるのかわからないけど)には、関係ない話かも知れないけど、俺はリアルで深町先生(id:FUKAMACHI)と飲みに行ったりする仲なんだよね。 で、昨日、深町さんから電話がかかってきて、新宿のゴールデン街で待ち合わせをしたんだよ。 で、さあ。正直に言うと怒られたんだよね。 「区長さ、書くことないからって、適当に知り合いをキャラクター化して、内輪受けのお話しを作るっていうのはさ……言っていい?」 「うん」 「恥知らずだよ、あんた」 「……」 「なにあれ? いま流行りのラノベ?っていうの? いくらブログで書いてるからって、志が低いよね」 「まあ……暇つぶしっていうか」 「それはさ、あんたの暇つぶしだろ? 読者にとって暇つぶしになってる? ただの時間の無駄でしょ?」 「……」 「人を楽しませる仕事をさ、なめてない?
「男はね、すぐに『夢があれば貧乏だって耐えられる』とか言うんだけど」 八重子先生がしんみりと語る。 「あんたがいつも空腹で苦しまないでいられるのは、夢のおかげじゃなくて、私が食わせてあげてるからじゃない。いまのあたしだったら、はっきりそう言ってやるわ。『このごくつぶし!』ってね」 宮子は八重子先生が言っている内容については、まるで理解できなかった。 でも、八重子先生のしんみりとした語り口には、なぜか引き込まれた。 「でもそんなこと……18歳のあたしが言えるわけなかったわよ。だって、その年になるまで、父親以外の男の人と、口もきけなかったんだから」 そう言って、ちらりと芋子と宮子を見る。 「うらやましいの」 宮子はドキリとする。 「ひっこみ思案で、いつも本ばかり読んで……あの頃あたしが好きだったのは、そうね、山田詠美の『蝶々の纏足』なんて大好きだった」 宮子は八重子先生の告白に驚いていた。「私
後ろから八重子先生が追いかけてくるのではないかとパニックになりながら、芋子と宮子は学校裏の藪の中を走って逃げた。やたらと柊の多い藪で、二人は全身に細かい切り傷を作った。柊には魔除けの効果があると宮子は聞いたことがある。この藪の柊は、なにから学校を守っているのだろうか。「いや」、と宮子はすぐさま自分の思いつきを否定した。この柊は、学校に「魔」を閉じこめているんだ。そうであって欲しい。深町先生も八重子先生も、きっとこの藪を越えることはできないんだ。 芋子と宮子が必死で逃げているのには、ちょっとしたわけがあった。 「地震のことを、古代中国のある秘密結社がなんと呼んだか知っている?」 芋子が宮子に尋ねた。 宮子は、あらゆる質問に答えるのが苦手だ。なんだか自分の価値が試されているような心持ちになってしまうからだ。もともと引っ込み思案だった宮子だが、継母が来てからはなおさら質問が苦痛になった。継母はな
道徳の授業で、担任の深町先生が『バイオレンスジャック』というタイトルの小冊子を配った。 「ここには、荒廃した千葉島で生きるために必要なことが書かれている。ホンシュウ人の偏見が多く含まれているが……まあ、それはいいとしよう」 そのあと、先生は熱っぽく、身振り手振りを交えながら『バイオレンスジャック』がいかに素晴らしいかを説明しはじめた。 その様子はちょっと変だった。 宮子は「ああ、先生、酔っぱらってるんだ」と思い、憂鬱な気持ちになった。ときどき、父が仕事の取引先の人たちを家に招いて宴会をするときがある。宮子はそんなとき、必ず自分の部屋に逃げ込んで、外に出ようとしない。いつもは穏和な父の様子が一変するからだ。 だが、深町先生は酔っぱらっているわけではなかった。少しばかり違法な(とは言っても、ここ千葉島ではすでに法の概念など無効になっていたが)薬を摂取しているだけだった。その薬は極度の興奮状態を
その夜、宮子は自分が「とてもよろしくないこと」をしてしまったのではないか、と後悔の気持ちでいっぱいになりながら、鶴亀算の練習問題に取り組んでいた。ちなみに「とてもよろしくないこと」というのは、宮子の継母の口癖で、宮子がちょっとした粗相をするたびに、まとわりつくような口調でそう叱責するのだった。 確かに、男の子の名前に「芋子」というのはおかしな感じがする。でも、小野芋子はそのことでしょっちゅういじめられているし、それを宮子も何度も目撃してとても悲しい思いに駆られているではないか。宮子は芋子と二人きりのとき以外ではまるで意気地がなくって、喋れなくなってしまう。だから、芋子がいじめられているのを目撃しても、それを止めることができない。 父親の仕事(しかしその具体的な中身を父親はまったく教えてくれないのだが)の関係で、東京からわざわざ江戸川峡谷を越えてこの町に転校してきた宮子を、「ホンシュウモノ」
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