出産が間近に迫った妊婦たちにかつてない不安が押し寄せた。 10年前の原発事故の際、福島では多くの妊婦が放射線の不安の中で出産を余儀なくされた。被災地の病院では原発の爆発直後に緊急の帝王切開手術が行われ、当時の様子を記録した貴重な映像が今も残されている。避難が迫られる中、医師や助産師たちは生まれようとする小さな命のために病院に踏みとどまり出産を支えた。地震、津波、原発事故で打ちひしがれ、先が見えなかった当時の私たちにとってこの世界に生まれ出てこようとする命は希望そのものだった。 10年前、原発から約23キロメートルの場所にある南相馬市立総合病院で待望の第一子の出産を控えていた塚本佳帆里さん(当時29歳)。仕事の都合で大阪に住んでいたが、里帰り出産のため、夫の憲太さんと一緒に南相馬市へと戻って来ていた。予定日を5日過ぎた3月11日、午後2時46分、病院が震度6弱の強い揺れに襲われた時、塚本さん