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爾雅の検索結果1 - 40 件 / 224件

  • 「漢字の成り立ち」を語る際は、最も初期の字形を根拠にしなければならない――「丁・正・以・亡・家・安」の字源を例として|nkay

    「漢字の成り立ち」を語る際は、最も初期の字形を根拠にしなければならない――「丁・正・以・亡・家・安」の字源を例として こんにちは、みなさん。 近年、多くの場所で「漢字の成り立ち」が語られる場面に遭遇します。テレビ番組や新聞雑誌、書籍や漫画、インターネット上のサイト・ブログ・SNSなどなど。しかしそこで見聞きする「漢字の成り立ち」説というのは、科学的根拠に欠けた信用できない説であることが少なくありません。 多くの場合、語り手が実際には文字学の知識に欠けた者であることが、その直接の原因となっています。こうした語り手達の間で、不可信で不正確な説明が伝播されていきます。 説得力の低いものと聞いて、テレビのバラエティ番組で芸能人が話す説や、あらさまな広告収入目的のインターネットサイトの説、書店に並ぶ泡沫雑学本に掲載されている説などが思い浮かぶかもしれません。しかし驚くべきことに、残念ながら、漢和辞典

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    • 寿司 - Wikipedia

      おまかせ握り寿司 様々な寿司 寿司(すし、鮨・鮓[1])とは、一般に米飯などと主に魚介類を組み合わせた和食。特に握り寿司のこと。伝統的にわさびと一緒に食べられる。 寿司には、乳酸を主たる酸味成分とする寿司[2](なれずし等)と、酢酸を主たる酸味成分とする寿司[3](早ずし)がある。 1728年(享保13年)に大阪で創刊された『料理網目調味抄』には「箱寿司に酢を注ぐ」との記載がある。その箱寿司の原型になったと云われるなれずしは魚の保存が主であり、飯は食材と言うより漬け材料という扱いになる。この自然に酸味が出るのを待たずに、飯の量を多くして酢を加えて作ったものが現代の寿司である。 握り寿司が代表的であるが、江戸前寿司の原型である大阪の箱寿司、いなり寿司、押し寿司、ばら寿司など様々な形態がある。また、巻き寿司や稲荷寿司など必ずしも魚介類と組み合わせない寿司もある。さらに卯の花寿司や蕎麦寿司のよう

        寿司 - Wikipedia
      • 儒教 - Wikipedia

        冠服制度[編集] 『論語』に「顔淵、邦を為めんことを問う。子曰く、夏の時を行ない、殷の輅に乗り、周の冕を服し、~(顔淵は国の治め方について聞いた。孔子は言った、夏王朝の暦を使い、殷の輅と呼ばれる車に乗り、周の冕という衣装を着て、~)」という記述がある[8]。孔子が、周の冕(祭礼用の服)を模範としているのだ。また、同じ論語の泰伯篇には、普段の衣服を質素にする代わりに祭礼用の衣服(黻冕)を豪華にした禹王を褒めている[9][出典無効]。易経に、「黄帝堯舜衣裳を垂れて天下治まるは、蓋し諸を乾坤に取る(黄帝と堯と舜が天下を治めた時は、その衣装のデザインを天地の色に倣った)」[10] とある。乾とは天、坤とは地の事であるから、乾坤とは天地を意味している。では天地とは何色であるのだろうか。『周易』坤卦に「天は玄にして地は黄」とある。つまり、天の色は赤黒(玄)く、地の色は黄色いとされていたのだ。ゆえに、祭

          儒教 - Wikipedia
        • 倉山満『嘘だらけの日中近現代史』の誤りについて(1) - 東京下町巡りと中国史・群龍天に在り(FC2版)

          管理人が生まれ育った東京下町の歴史を調査。最近では「江戸しぐさ」の調査も。原田実『江戸しぐさの正体』(星海社新書)の巻末参考文献にも出ています 2024.12 « 12345678910111213141516171819202122232425262728293031 » 2024.02 倉山満『嘘だらけの日中近現代史』(扶桑社新書)という本が売れているようだが、 この本には多くの誤りや疑問箇所があるようである。 この本は、「日本の中国研究者が書けないタブーを書く!嘘つきチャイニーズによる プロバガンダの手口をバラす!」と帯に書かれているのだが、私が見たところ、 内容が余りにも間違いだらけであるようだ。 この本にはアマゾンではほとんどが肯定コメントをつけている。 これを見て私は、「ああ、批判を受けつつ、中華思想に抗ってきた、桑原隲蔵(じつぞう)先生(※1)、 宮崎市定先生(※2)、高島俊

          • 古代中国の共通語 - 宮城谷昌光氏の春秋・戦国時代の小説を読むと、多くの政治家や英雄・知識人が中国の東西南北至る所を放浪し、その国々の宰相... - Yahoo!知恵袋

            春秋戦国時代には、 一応の「雅言」と呼ばれる共通語があったといわれています。 「周秦漢晋方言研究史」(華学誠:著)によると、 中国の伝説時代、 炎帝族と黄帝族が融合して華夏族ができ、 原始的漢語である、華夏語ができた、と記載されます。 華夏語は、春秋戦国時代には、 雅言(夏言)と称するようになったともされます。 戦国時代末期の「爾雅」は、 全19編、2219項目、5239個の言葉が掲載されている最初の字典とされますが、 それに掲載されている方言を分類すると、 秦晋 周韓鄭(漢代趙魏含む) 衛宋 齊魯(漢代東齋海岱含む) 燕朝(漢代北燕朝鮮含む) 荊楚(漢代南楚含む) 呉越(漢代南越含む) の7地方に分けられるとされます。 発音などに地域での相違がかなりあったようです。 「孟子」に、 「南蛮人は鳥の舌を持つ人」 「楚語と華夏語は同属だが、違いは大きい」などの記載があります。 「春秋左氏伝」に

              古代中国の共通語 - 宮城谷昌光氏の春秋・戦国時代の小説を読むと、多くの政治家や英雄・知識人が中国の東西南北至る所を放浪し、その国々の宰相... - Yahoo!知恵袋
            • 小中華思想 - Wikipedia

              この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方) 出典検索?: "小中華思想" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2017年5月) 小中華思想(しょうちゅうかしそう)とは朝鮮で唱えられた中華思想(華夷思想)の一変種であり中華文明圏の中にあって、異なる政治体制をしつつ朝貢国である事を維持した国家の間で広まった思想。自らを「中国王朝(大中華)と並び立つもしくは次する文明国で、中華の一役をなすもの(小中華)」と見なそうとする文化的優越主義思想である。この「文化」とは儒教文化のことであり、中華文明をいう。 概要[編集] 中華思想における華夷秩序 小中華思想における華夷秩序 小中華思想の元となった中華

              • 漢字 - Wikipedia

                コンピュータで処理するための文字集合では、Unicode 13.0が92,856字以上を[注釈 2]、日本の企業のソフトウェア『今昔文字鏡』が(漢字以外の文字も含むが)約16万字を[28]収録するなど、さらに多くの漢字を集めているものもある。一方、中華民国(台湾)行政院教育部の『異體字字典(正式七版)』によれば、漢字の正字数(異体字を含まない)は29,920字[29]であるが、こちらは国字を含んでいない(「付録」としてだけ収録してある[30])。 歴史[編集] 伝承によると、中国における文字の発祥は、黄帝の代に倉頡が砂浜を歩いた鳥の足跡を見て、足跡から鳥の種類が分かるように概念も同じようにして表現できることに気づいて作った文字とされる。また『易経』には聖人が漢字を作ったと記されている。 新石器時代の出土土器の表面に文字状の彫り込みが見られる。しかし記号・デザインの一種とも考えられており、殷

                  漢字 - Wikipedia
                • ジャイアントパンダ - Wikipedia

                  ジャイアントパンダ(学名:Ailuropoda melanoleuca、中国語: 大熊猫)は別名オオパンダ[5]とも呼ばれ、中国の四川、陝西、甘粛省の高山地帯に自然生息する大型のクマ科動物である。彼らは最も識別しやすい野生動物の一つで、その特徴的な黒と白の毛皮、大きな丸い体、そして表情豊かな顔で知られている。成体の体重は通常、100〜150キログラムに達し、オスの方がメスよりやや大きい傾向がある。 ジャイアントパンダの食生活は非常に特殊で、主に竹を食べる。竹は栄養価が低いため、パンダは毎日大量の竹(約12〜38キロ)を食べて栄養を確保する必要がある。竹以外にも、果物、野菜、時には魚や小動物を食べることもあるが、これらは彼らの食事のごく一部を占めるに過ぎない。 繁殖に関しては、ジャイアントパンダは非常に特異な行動を示す。彼らは一般的に孤独で、特に繁殖期以外は他のパンダと交流することはほとんど

                    ジャイアントパンダ - Wikipedia
                  • 三すくみについて - ネモンテミ日記

                    こんばんは。皆さんはじゃんけんを知っていますか?読者の皆さんにじゃんけんの基本知識があることを前提に今回の記事の序文は書かれています。じゃんけんを知らない人はじゃんけんについて調べてからこの記事を読んだ方が楽しめると思いますが、そうでなくても読むことはできるように書いていくつもりです。 昨日wikipediaでじゃんけんについて調べたら、じゃんけんに酷似した「虫拳」と言われる遊びがかつては存在していたということが書いてありました。じゃんけんにおける石・ハサミ・紙がそれぞれヘビ・カエル・ナメクジに置き換えられたもので、ヘビはカエルに強く、カエルはナメクジに強く、ナメクジはヘビに強いという三竦みになっています。 出典:拳会角力図会 2巻 1809年出版(24コマ目) 国会図書館のデジタルコレクション 右から 蛇(へび)・蛙(かはず)・蚰蜒(なめくじり) と書いてある なぜ古来からあったこの虫拳

                      三すくみについて - ネモンテミ日記
                    • 錬丹術 - Wikipedia

                      錬丹術(れんたんじゅつ)は、中国の道士の術の一つ。服用すると不老不死の仙人になれる霊薬(仙丹)をつくる。煉丹術とも書く[1]。 概要[編集] 煉丹術は中国古代の神仙思想より発展した道教の長生術の一部をなす。広義の煉丹術は外丹と内丹に分かれるが、学術的文脈においては煉丹術といえば一般に「外丹」のほうを指す。外丹においては丹砂(硫化水銀)を主原料とする「神丹」「金丹」「大丹」「還丹」などと称される丹薬や、金を液状にした「金液」が服用された。このようなものは実際のところ人体に有害であり[2][3]、唐の皇帝が何人も丹薬の害によって命を落としたことが『旧唐書』『新唐書』に記されている[4]。事実として実際に煉丹に成功したことがあったか否かは定かではないが、外丹術は不老不死の薬を作るという本来の目的では完全な失敗に終わった。このため、不老長生のために外的な物質を求める外丹術の代わりに、不老不死の素と

                        錬丹術 - Wikipedia
                      • 大漢和辞典 - Wikipedia

                        『大漢和辞典』(だいかんわじてん、旧字体:大漢󠄁和辭典)は、大修館書店で出版されている漢和辞典の最高峰。鈴木一平の発案で諸橋轍次を代表として編纂された。諸橋大漢和とも称される。完成までに数十年に及ぶ歳月を経ている(鈴木が依頼した1925年から初版刊行の1960年まで35年、諸橋が遺嘱した補巻刊行の2000年まで75年)。 紹介[編集] 大修館公式サイトでは『親文字5万余字、熟語53万余語を収録した世界最大の漢和辞典』[1]と紹介されており、詩経・論語・孟子・老子・荘子など古今の書物から収集した熟語のほか、1万字程度の篆書、親文字および収録語彙の索引を有する。全15巻構成となっており、辞書本文を収録した第1〜12巻、親字索引(第13巻)、語彙索引(第14巻)、さらに追加の語彙と文字を収録した補巻(第15巻)が刊行されている。1984年の修訂版刊行の際には中国政府から500セットの一括発注を

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                        • 鴆鳥−実在から伝説へ

                          真柳誠「鴆鳥−実在から伝説へ」、山田慶兒編『物のイメージ−本草と博物学への招待』151-185頁、朝日新聞社、1994年4月 1 毒と薬 ふつう薬といえば命を救うもの、毒といえば命を危うくさせるもの、と思われがちである。しかし、物としての薬と毒を一線で分かつことは、ときに不可能にひとしい。抗生物質の多くは病原を攻撃すると同時に、生体にも何らかの毒性を示すのである。使い方が不適切なら薬物も毒性を示し、逆に、うまく使えば薬用に可能な毒物も少なくない。いまでこそ毒物学や毒性学が薬理学から分科しているが、薬と毒は本来ひとつの物の両面として、古くから考えられていた。 薬学を英語でpharmacyというが、これは前五世紀の医人、ヒポクラテスの時代からのギリシア語に由来する。同じ語幹のギリシア語で、pharmakonは薬物ないし毒物。pharmaekiaは魔術師ないし薬剤師。pharmakeusは毒

                          • 『親族の基本構造』 レヴィ=ストロース (青弓社) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG

                            →紀伊國屋ウェブストアで購入 『親族の基本構造』は1947年に刊行されたレヴィ=ストロースの主著である。レヴィ=ストロースの名を文化人類学の世界で一躍高めるとともに、構造主義の出発点ともなった。 日本では刊行から40年もたった1987年になってようやく番町書房から最初の翻訳(以下「旧訳」)が出た。学問的に重要な本であるのはもちろん、40年の間には二度の構造主義ブームもあったのに、これだけ時間がかかったのは『親族の基本構造』がそれだけ難物だからだろう。 旧訳の翻訳にあたったのは日本の文化人類学の一方の中心である都立大の研究者たちで、本書であつかわれる東シベリアからインドにいたる地域で実地調査した経験のある人も含まれていた。 学問的には申し分ないだろうが、旧訳は読みやすい本ではなかった。わたしは出た直後に読もうとしたが、第一部の手前で挫折した。 今回もう一度挑戦しようと思いたったが、2001年

                              『親族の基本構造』 レヴィ=ストロース (青弓社) - 書評空間::紀伊國屋書店 KINOKUNIYA::BOOKLOG
                            • 〇(漢数字のゼロ)について

                              まえがき 俗字の字典で、「〇:漢数字のゼロ」について触れました。しかし他の用事で資料をあさっているうちに、いろいろ面白いネタが集まってしまいました。もったいないので、本稿にまとめておきます(貧乏性ですな)。 歴史的な考察 基本的なトコだけ押さえておきます。 数字の「0」自体も、インドで7世紀ごろに成立したもの。それ以前には存在しない文字。 漢字の「零」は、『玉篇』・『説文解字』にもある古い字で、7世紀以前から存在する。意味としては「しずかに降る雨」とか。これを、いつから数字の「レイ、ゼロ」に当てたのかについては未調査。『諸橋大漢和』は「邦訓」とするが、中国でも例えば『漢語大字典』に新しい用例ではあるが数字のゼロの意で載っている。『大漢林』は「現代の用法」として数字のゼロの意をあげる。 和算など東洋の数学史関係を調べれば多分わかるのだろうけど、パラパラ立ち読みした限りでは見出せなかった。 日

                              • 朝生暮死(ちょうせいぼし) - かえるさんとにわとりさん「四字熟語」

                                今回は朝生暮死(ちょうせいぼし)です。 人生のはかなさを言った言葉です。 朝生まれて、暮れには死んじゃうって、はかなさにもほどがあるでしょ! 元は、虫の話なんです、爾雅(じが)って言う中国の辞典の、釈虫(しゃくちゅう)注が出典です。 あー、そういう虫いるね。うすばかげろう、とか。 とは言え、人間の人生のはかなさを言っています。 そういうこと考えない人なの、にわとりさんは。 かえるさんは、そういうの良く考えます、10歳になったとき、あーこの7~10倍くらいで終わるんだなー、とか思いました。 いやな10歳だな。 いつまでもあるって思ってたら絶対後で後悔しますよ。 かえるさんはこの言葉は好きですね。 出典は「爾雅(じが)」でした。

                                  朝生暮死(ちょうせいぼし) - かえるさんとにわとりさん「四字熟語」
                                • 律令 - Wikipedia

                                  この項目では、東アジアでみられる法体系について説明しています。日本統治下の台湾において台湾総督が法律に代わるものとして制定した律令については「律令 (日本統治下の台湾法制)」をご覧ください。 律令(りつりょう)とは、東アジアでみられる法体系である。律は刑法、令はそれ以外(主に行政法。その他訴訟法や民事法も。)に相当する。律令国家の基本となる法典。成文法。 概要[編集] 律令の基本思想は、儒家と法家の思想である。儒家の徳治主義に対して、法家は法律を万能とする法治主義である。古代中国には、国家や社会秩序を維持する規範として、礼、楽、刑(法)、兵(軍事)があった。儒家は礼・楽を、法家は刑・兵を重んじた。刑の成文法として律が発達し、令はその補完的規範であったが次第に令の重要性が増して、律から独立し行政法的なものになった。 律令は魏晋南北朝時代に発達し、7世紀〜8世紀の隋唐期には最盛期を迎え、当時の

                                  • 獏 - Wikipedia

                                    この項目では、人の夢を喰うとされる架空の動物について説明しています。奇蹄目バク科の哺乳類については「バク」を、田中靖規の読切漫画については「獏 (漫画)」をご覧ください。 獏(葛飾北斎画) 水木しげるロードに設置されている「ばく」のブロンズ像 豊臣秀吉が使用したと伝わる獏枕 獏(ばく)は、中国から日本へ伝わった伝説の生物、幻獣である。人の夢を喰って生きると言われるが、この場合の夢は将来の希望の意味ではなくレム睡眠中にみる夢である。悪夢を見た後に「(この夢を)獏にあげます」と唱えると同じ悪夢を二度と見ずにすむという。 概要[編集] 中国で「獏(貘)」は古くから文献に見えるが、どんな動物であるかについては文献によって一定しない。『爾雅』釈獣には「白豹」であるといい、『説文解字』には「熊に似て黄黒色、蜀中(四川省)に住む」(『爾雅』疏に引く『字林』も同様だが「白黄色」とする)であるという。『爾雅

                                      獏 - Wikipedia
                                    • ヨウスコウカワイルカ - Wikipedia

                                      ヨウスコウカワイルカ (揚子江河鯆、Lipotes vexillifer) は、哺乳綱偶蹄目(鯨偶蹄目とする説もあり)ヨウスコウカワイルカ科ヨウスコウカワイルカ属に分類されるイルカの一種。本種のみでヨウスコウカワイルカ科ヨウスコウカワイルカ属を構成する。 概要[編集] リャンリャンとジェンジェン 紀元前3世紀ごろに書かれた中国の辞典である『爾雅』にヨウスコウカワイルカに関する記述があり、当時の生息数は約5,000頭と推定されている。中国の伝統的な物語において、ヨウスコウカワイルカは、愛していない男との結婚を拒否して家族に溺死させられた姫の生まれ変わりとして描かれている。また平和と繁栄の象徴と考えられ、「長江女神」、すなわち「長江の女神」の愛称でも呼ばれている。 ヨウスコウカワイルカの個体数は、中国の工業化、魚の乱獲、船舶による水上輸送、水力発電(ダム建設)などの影響により激減している。とり

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                                      • 徒花(アダバナ)とは? 意味や使い方 - コトバンク

                                        1 咲いても実を結ばずに散る花。転じて、実じつを伴わない物事。むだ花。「徒花を咲かす」「徒花に終わる」 2 季節はずれに咲く花。 3 はかなく散る桜花。あだざくら。 「風をだに待つ程もなき―は枝にかかれる春の淡雪」〈夫木・四〉 [類語]花・草花・生花・生け花・切り花・盛り花・押し花・造花・ドライフラワー・花束・ブーケ・花輪・レイ・無駄花・初花・国花・県花・名花・梅花・桜花・菊花・綿花・菜の花・落花 〘 名詞 〙① 咲いても実を結ばない花。むだ花。転じて、みせかけだけで実(じつ)を伴わない物事、予測される結果を伴わないで終わることにたとえていう。[初出の実例]「花 爾雅云〈略〉栄而不実謂之英〈於驚反阿太波奈〉」(出典:十巻本和名抄(934頃)一〇)「ならぬあだ花、まっしろに見えて、うき中垣の、夕顔や」(出典:歌謡・閑吟集(1518))② 咲いてもすぐ散るはかない花。主として桜についていう。ま

                                          徒花(アダバナ)とは? 意味や使い方 - コトバンク
                                        • 温文爾雅(おんぶんじが) - かえるさんとにわとりさん「四字熟語」

                                          今回は温文爾雅(おんぶんじが)です。 心穏やかで礼儀正しいこと、です。 礼儀って言うと、最近は何でも「お」を付けすぎだと思うのよ。 いや、言葉としてはギリOKでも、政治家の「お訴えさせて頂きたい」って言うのは何とかならんのかね。 丁寧な言葉はすぐ浸透してみんなで使う、使うから使い古された感じになる、だから、更にていねいに、と言う流れなんですね。まあ、仕方ないです。 そうは言っても、ていねいさも大切ですから。 そしてこの温文爾雅(おんぶんじが)のように、穏やかな人柄も大切では無いでしょうか。 それだ!取り繕った感じの、ていねいさじゃなくて、それが欲しかったんだよ、それあっての礼儀正しさだと思うのよ! そうですね、逆に心がこもっていても、雑な態度は良くないですよね。 そう思うと、すべて揃って価値がある、って考えも大切だな。 心だけでも、形だけでも伝わらないですからねぇ。 出典はわかりません。

                                            温文爾雅(おんぶんじが) - かえるさんとにわとりさん「四字熟語」
                                          • 漢字書体の歴史

                                            第 1 回 文と字と──六書の形成 1 漢字誕生 [甲骨文] 甲骨文は、亀の甲や牛の骨に刻んだ文字です。商時代の人々は、日常の全ての行為と現象に対してまず占いをおこなったのです。そこにあらわれた「ひび割れの形」で神の返答を判断したそうです。その甲や骨には「いつ誰がどのようなことを占ったのか」を文字で刻みました。さらに王がそのひびを見て判断した吉凶の予測、結果として起こった出来事などを記したようです。東京・書道博物館所蔵の『甲骨大版』(商時代)は、日本国内で所蔵されている甲骨の中では最大のものだそうです。このように原形をとどめている大きなものは、たいへん少数だそうです。刀で掘った文字なので、筆画が直線的になっています。 [金文] 金文は、銅器に鋳こまれた銘文のことです。その銅器を製作した氏族の名や祖先神の名を表した簡単な銘文から、その銅器のいわれを述べた長文のものまであります。文字は、粘っこ

                                            • 飛鳥と書いてアスカと訓むのは 其の一(翼の話) - 古事記・日本書紀・万葉集を読む

                                              (⇒2017/5/9に稿を改めた。) 「飛鳥」と書いてアスカと訓む理由については、足利健亮『地図から読む歴史』(講談社学術文庫、2012年)に、新しい地名解釈、地名論の例として取りあげられている。長文になるが、貴重な指摘なので以下に引用することをお許し願いたい。 地名は、地図と並ぶ歴史地理学の基本資料です。(中略)地名解釈といっても、地名の語源については原則として触れるつもりはありません。一般に地名、特に古地名の語源を解くことはかなり難しく、下手(へた)をすると荒唐無稽で無意味な地名解釈に陥ってしまうからです。 ここで私が試みる地名解釈とは、普通ではその漢字は絶対そうは読めないという種類の漢字地名の問題、例えば飛鳥という地名はなぜ「あすか」と読むのか、百済はどうして「くだら」と読めるのか、といった「不思議さ」に答えを示すことです。 さて、飛鳥はなぜ「あすか」と読むのでしょうか。(中略)[い

                                                飛鳥と書いてアスカと訓むのは 其の一(翼の話) - 古事記・日本書紀・万葉集を読む
                                              • 作家別作品リスト:内藤 湖南

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                                                • カリン (バラ科) - Wikipedia

                                                  果実 カリン(花梨[4]・花櫚[5]・榠樝[6]、学名: Pseudocydonia sinensis)は、バラ科カリン属[注 1]の落葉高木である。中国から日本へ渡来した薬用にもされる果樹で、果実は同科のマルメロとよく似る。その果実は石細胞が多く含まれるため硬く生食はできないが、カリン酒や砂糖漬け、のど飴などの原料に使われる。別名、カラナシ。 名称[編集] 和名「カリン」は、材の木目が三味線の胴や竿、座卓に使われる唐木の花櫚(読みは「かりん」、花梨とも書く)に似ているので名づけられたものである[7]。 カリンの属名 Pseudocydonia は偽のマルメロを意味する。 別名で、カラナシ[5][8]、カリントウ[8]、アンランジュ(安蘭樹)[8]、またはアンラジュ(菴羅樹)ともよばれる。「菴羅」はマンゴーの別名だが、古い時代の日本では誤訳によりカリンを指す場合がある。長野県諏訪地方で、「

                                                    カリン (バラ科) - Wikipedia
                                                  • 和名類聚抄 - Wikipedia

                                                    『和名類聚抄』(わみょうるいじゅしょう)は、平安時代中期に作られた辞書である。承平年間(931年 - 938年)、勤子内親王の求めに応じて源順(みなもとのしたごう)が編纂した。略称は和名抄(わみょうしょう)。 概要[編集] 名詞をまず漢語で類聚し、意味により分類して項目立て、万葉仮名で日本語に対応する名詞の読み(和名・倭名)をつけた上で、漢籍(字書・韻書・博物書)を出典として多数引用しながら説明を加える体裁を取る[1]。今日の国語辞典のほか、漢和辞典や百科事典の要素を多分に含んでいるのが特徴[2]。 漢の分類辞典『爾雅』の影響を受けている。当時から漢語の和訓を知るために重宝され、江戸時代の国学発生以降、平安時代以前の語彙・語音を知る資料として、また社会・風俗・制度などを知る史料として日本文学・日本語学・日本史の世界で重要視されている書物である[1]。『兼名苑』など佚書の引用も多く含んでいる

                                                      和名類聚抄 - Wikipedia
                                                    • カホクザンショウ - Wikipedia

                                                      カホクザンショウ(華北山椒、学名:Zanthoxylum bungeanum、英名:Sichuan pepper)は、中国のミカン科サンショウ属の落葉低木である。日本原産のサンショウ(山椒)とは同属異種に当たる。 一般には中国名である花椒で知られ、日本語読みで「はなしょう」もしくは「かしょう」[1]、中国語読みで[xwátɕjɑ́u][2](拼音: huājiāo)と発音され、「ホアジャオ」とも呼ばれる。また、日本の山椒と区別して四川赤山椒[1]、四川山椒、中国山椒[3]、中華山椒などとも呼ぶ。 果皮は食用、薬用である。痺れるような辛さを持つ香辛料として、中国料理、特に四川料理では多用する。「花椒」のほか蜀椒(しょくしょう)、椒紅(しょうこう)などとも呼ばれ、漢方では健胃・鎮痛・駆虫作用があるとされる。 名称[編集] 一般的によく使われる「花椒」は、カホクザンショウの実が熟すると、木に赤い

                                                        カホクザンショウ - Wikipedia
                                                      • 中国人「寿司は中国起源」←フルボッコ : watch@2チャンネル

                                                        中国大手検索サイト百度の掲示板に「日本人は寿司(すし)の起源が中国であることを認めているのか?」というスレッドが立てられた。スレ主のこの質問について様々なコメントが寄せられている。 ********** スレ主は、紀元前3−4世紀に作成された中国最古の類語辞典・語釈辞典である「爾雅」の「釈器」に、寿司の記述があると主張。1800年前の中国ではすでに寿司が広く食べられており、 西暦700年ごろになって日本に伝わり、寿司の起源は中国であると主張したところ、次のようなコメントが寄せられた。 ・「認めるかどうかに意味があるのか?日本料理と言えば最初に思いつくのが寿司だ。この問題で起源など何の意味もなさない」 ・「寿司と言えば最初に思いつくのが日本だ」 ・「スレ主は病気か?寿司といえば日本だろ。中国を連想するとでも思うのか?起源説なんて持ち出すな」 また、起源よりも継承のほうが重要だという意見もあり

                                                        • 蔣経国 - Wikipedia

                                                          蔣 経国(しょう けいこく、繁体字: 蔣經國、注音: ㄐㄧㄤˇ ㄐㄧㄥ ㄍㄨㄛˊ、拼音: jiǎng jing guó、1910年4月27日〈宣統2年3月18日〉 - 1988年〈民国77年〉1月13日)は、中華民国の政治家。第3代中華民国総統(6期・7期)を務め、中国国民党中央委員会主席、行政院長、国防部長などを歴任した。蔣介石の長男。 概要[編集] 蔣経国は1910年4月27日(宣統2年3月18日)、浙江省寧波府奉化県渓口鎮において蔣介石、毛福梅夫婦の長男として生まれる。父の蔣介石は、蔣経国が生まれた時には日本にいて軍事について学んでいた。やがて蔣介石は辛亥革命以降の中国革命において中心人物として活躍するようになる。 革命に奔走するようになった父の蔣介石は家に戻ることが少なくなり、もともと母が持ってきた縁談に従って結婚した妻・毛福梅との関係は疎遠になっていく。蔣経国が母のことを慕った一

                                                            蔣経国 - Wikipedia
                                                          • 国語辞典 - Wikipedia

                                                            この項目では、主に日本語の辞典について説明しています。中華民国教育部の中国語の辞典については「教育部国語辞典」をご覧ください。 「明解国語辞典」の表紙 国語辞典(こくごじてん)は、その国の言語(国語)を対象とした一言語辞典。漢字文化圏の日本、中華民国(中華人民共和国成立前の中国およびそれ以降の台湾)、大韓民国にはこの名の辞典が見られる。日本では通常日本語のものを指し、単語・連語・句などを規則的に(主に五十音順に従って)排列し、説明した書物をいう[1][2]。見出しに立てた言葉の仮名遣いやアクセント、漢字表記、品詞、使用分野、意味、用法、さらには類義語、対義語、用例、文献上の初出例などの情報が示される。国語辞書・日本語辞典・日本語辞書ともいう[1]。 現在は、約50万語を収める最大規模の『日本国語大辞典』(小学館)をはじめ、中型辞典(10万語 - 20万語規模)や、小型辞典(6万語 - 10

                                                              国語辞典 - Wikipedia
                                                            • 鳳凰 - Wikipedia

                                                              紫禁城の鳳凰像。 中国 広西チワン族自治区の都市 南寧にある鳳凰の像。 鳳凰(ほうおう)は、中国神話の伝説の鳥、霊鳥である。鳳皇とも言う。日本を含む東アジア広域にわたって、装飾やシンボル、物語・説話・説教などで登場する。 特徴[編集] 形態[編集] 紀元前2世紀頃前漢の時代に成立されたという中国最古の類語辞典『爾雅』17章によれば、頭は鶏、頷は燕、頸は蛇、背は亀、尾は魚で、色は黒・白・赤・青・黄の五色で、高さは六尺程とされる[1]。『山海経』「南山経」では鶏に似ており、頸には「徳」、翼に「義」、背に「礼」、胸に「仁」、腹に「信」の紋があるとされた。後漢の字典『説文解字』では、前は鴻、後は麟、頸は蛇、尾は魚、顙は鸛、腮は鴛、紋様は龍、背は虎、頷は燕、喙は鶏と記された。南朝の時代に成立した『宋書』巻二十八志第十八では、頭は蛇、頷は燕、背は亀、腹は鼈、頸は鶴、喙は鶏、前部は鴻、尾は魚に似ており、

                                                                鳳凰 - Wikipedia
                                                              • パンダの生態と、迫る危機について

                                                                (C)WWF/Fritz Polking はじめに ジャイアントパンダは世界中で広く愛されている動物で、ご存知のとおりWWFのシンボルマークとしても、1961年の設立当時から幅広く認知されてきました。 しかし、ジャイアントパンダの未来は必ずしも明るくありません。現在のジャイアントパンダの個体数はおよそ1,800頭あまり。その1,800頭がすむ中国南西部の山林も、切り拓かれるにつれて小さく分断されています。 中国政府は、これまでに30カ所以上のジャイアントパンダ保護区を設立しました。しかし、パンダの多くは保護区外にすんでいるため問題の解決にはならず、生息地破壊も続いています。このことは、中国の急速な経済発展とも決して無関係ではありません。 WWFは、1981年にアメリカの自然科学者ジョージ・B・シャラー氏らと共に実施したフィールド調査をきっかけに、ジャイアントパンダの保護の活動を開始しました

                                                                  パンダの生態と、迫る危機について
                                                                • 弥生人の起源 _ 自称専門家の嘘に騙されない為に これ位は知っておこう 中川隆

                                                                  弥生人の起源 _ 自称専門家の嘘に騙されない為に これ位は知っておこう http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/547.html 投稿者 中川隆 日時 2011 年 10 月 02 日 09:31:13: 3bF/xW6Ehzs4I (回答先: NEW「大化の改新」近代史の盲点。 投稿者 manase8775 日時 2011 年 9 月 22 日 18:56:44) 弥生人の特徴は、縄文人と比較すると、顔立ちは、面長で、眼窩は鼻の付け根が扁平で上下に長く丸みを帯びていて、のっぺりとしている。また、平均身長も162~163センチぐらいで、縄文人よりも数センチ高い。これらの人骨資料のほとんどは、北部九州・山口・島根県の日本海沿岸にかけての遺跡から発掘されたものである。 近年、福岡県糸島半島の新町遺跡で大陸墓制である支石墓から発見された人骨は縄文的習俗である抜歯

                                                                  • サル - Wikipedia

                                                                    この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。(このテンプレートの使い方) 出典検索?: "サル" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2019年5月) ニホンザル サル(猿)とは、通俗的な意味ではヒト(古人類を含む)を除いたサル目(霊長目)のことである。ただし、生物学的観点から見ればヒトもまたサル目に含まれる。日本の歴史的文献においては、単に猿といえば日本固有種のニホンザルを指す場合が多い。 一方、英語のmonkey(モンキー)や、いくつかの言語での相当する語は、学術的な定義上はオナガザル科(旧世界猿、old world monkey)と広鼻猿(新世界猿、new world monkey)の総称である。つまり、サルの

                                                                      サル - Wikipedia
                                                                    • 漢語の言い換え案を検討するスレ

                                                                      1 :名無し象は鼻がウナギだ!:2010/02/21(日) 17:26:09 0 同音異義語の多い漢語 聞いただけでは分かりづらい漢語を集め、 和語での代替案を考えるスレ 2 :名無し象は鼻がウナギだ!:2010/02/21(日) 17:45:08 0 >>1 まずは「和語」を「やまとことば」と直すところから始めないとw 3 :名無し象は鼻がウナギだ!:2010/02/21(日) 18:06:37 0 >>2 表に登録します 和語(わご)―やまとことば 4 :名無し象は鼻がウナギだ!:2010/02/21(日) 21:18:08 0 じゃあ「漢語」は「からことば」か「しなことば」か。 「案」、「検討」、「同音異義語」、「代替」、「表」、「登録」は? そもそも「言語学」は? 5 :名無し象は鼻がウナギだ!:2010/02/21(日) 21:24:56 0 個人的な意見としては、全ての漢語を置

                                                                      • クモの巣と網の不思議

                                                                        文葉社版 『クモと網の不思議』2003 執筆 池田 博明 新海 明 谷川 明男 協力 梅林力(電子顕微鏡) 船曳和代(網標本作製) Savory 『The Spider's Book』1952 (セィヴァリーに敬意を表して) 原著   前書き  (『クモの巣と網の不思議』p.3より) 「クモの網」についての本と言いますと、クモの網の種類について説明した本や、クモの巣として代表的な円網の解説をした本を予想されると思います。 しかし、この本はそのどちらでもありません。もちろん、いろんなクモの網を紹介してありますし、円網の形や張りかたについても解説はしていますが、それはこの本の一部です。むしろ、私たちは、クモの行動や生活にとって網がどれほど重要な役割をしているかを、そして、クモの網がどれほど面白い謎を秘めているかを、みなさんにお伝えしたかったのです。 現在、クモの網の不思議

                                                                        • 岡田希雄を入力するはてダ

                                                                          岡田希雄 藝文20(4): 249-277 (1929) 権律師仙覚の万葉集研究は、其の本文校訂事業が画期的であつたと同様に、註釈即ち仙覚抄の著述も、従来の諸研究の結果を集大成して、其の晩年に於ける蘊蓄を傾倒したものである故に、亦画期的なものであり、代匠記以前に於ける最も優秀なものであつた。其の学術的価値は四百二三十年の後に新註、即ち契沖の代匠記が現はれ引き続き種々の業績が現はれるに至つたので、仙覚抄の説そのものは、次第に崩れ行く傾向のあるのは事実であるが、しかし万葉集研究史上に於ける仙覚抄の価値は永久不変、代匠記と対立するものなる事は今更云ふ迄も無い。 仙覚抄は第一巻の終りに「文永六年二月二十四日記之訖、仙覚在判」とり、巻二、六、八、十三十五、十八等にも、其れ〴〵成立の年月日が明記せられてあり、最後の巻二十の終りには「文永六年孟夏二日於武蔵国比企郡北方麻師宇郷政所注之了、権律師仙覚在判」

                                                                            岡田希雄を入力するはてダ
                                                                          • 元号出典一覧

                                                                            元号出典備考大化『書経』(『尚書』)大誥、『漢書』巻56、『宋書』巻20 白雉『漢書』巻12 平帝紀 朱鳥『礼記』曲礼 大宝『易経』繋辞下 慶雲『文選』巻6、『晋書』巻54陸雲伝 和銅―和銅(ニギアカガネ)が朝廷に献上されたことにより改元霊亀―瑞亀献上により改元養老―養老の滝命名に因んで改元神亀―白亀出現の瑞祥により改元天平― 「天王貴平知百年」の文字を背に負った瑞亀の献上により改元天平感宝―陸奥からの黄金献上により改元天平勝宝―孝謙天皇即位により改元天平宝字―蚕が「五月八日開下帝釋標知天皇命百年息」の文字を成したことにより改元天平神護―藤原仲麻呂の乱を神霊の護りによって平定したことによる神護景雲―瑞雲の発現により改元宝亀―瑞亀献上により改元天応―伊勢斎宮に現れた美雲の瑞祥により改元延暦後漢書 五十二巻 大同『礼記』礼運篇 弘仁― 天長― 承和― 嘉祥―豊後国大分郡の寒川(現在の大分川)で

                                                                              元号出典一覧
                                                                            • 反切 - Wikipedia

                                                                              『説文解字』艸部、大徐本系の一篆一行本。下についている反切は唐韻による 反切(はんせつ)は、漢字の発音を示す伝統的な方法のひとつ。2つの漢字を用い、一方の声母と、他方の韻母および声調を組み合わせて、その漢字の音を表す。 概要[編集] 反切は『切韻』などの古い韻書・字書・音義等で伝統的に使われてきた発音表記法である。『切韻』の例でいうと、 唐、徒郎反。 とあるとき、「徒郎反」が反切である。最初の「徒」を反切上字または父字、次の「郎」を反切下字または母字と呼ぶ。目的の字「唐」を反切帰字あるいは単に帰字または被切字と呼ぶ。 反切の三番目の字は古いものは「反」であるが、唐代後半以降は「切」と書く。これは「反」が謀反に通じるのを避けたためという[1]。まれに「翻」などを使う文献もある[2]。 反切から実際の音を求めるには、反切上字の頭子音(声母)を、反切下字の頭子音以外(韻母)と組み合わせる。上の例

                                                                                反切 - Wikipedia
                                                                              • 漢字三音考

                                                                                底本 「漢字三音考」早稲田大学古典籍データベース 請求番號 ホ02 04719 底本の變體假名、同の字點、くの字點、コト・ドモ等の合字は通常のかなに改めた。 漢字は所謂康煕字典體に、かなづかひは歴史的かなづかひに改めた。 原文本文のカタカナをひらがなにひらがなをカタカナにあらためた。 ただし和歌はひらがなのままとした。 漢文は訓み下した。 また、原文で「如此く」のやうになってゐる部分で、特別にふりがなのない部分は「此如く」とあらためた。 原文の「。」を適宜句讀點にあらためた。 原文の傍線部はカタカナのままとし、區切りを「・」でしめした。 ただし、ひらがなカタカナの文字そのものを示すところは「ん」「ン」のやうに鉤括弧でくくってしめした。 原文の促音點は「ッ」とした。 原文に濁點のない箇所に現代の發音にしたがって濁點を付したところがある。 特に注のあるところは「某」のようにして HTML の

                                                                                • ジョンお姉さんが解説する「元号でよくわからないことを言っている人 外伝「時をかける張衡」

                                                                                  まとめ ジョンお姉さんが解説する「元号でよくわからないことを言っている人」 よくわからないことを言っている人がいるので、調べてみたよ。 「梅花の歌」の序の元ネタが「蘭亭序」なのか「帰田賦」なのかという話はあちこちにあるからおいといて。 ここでは主に「文字」のお話。 長いけど前書き読んでから読んでね。 「顒顒卬卬、如圭如璋、令聞令望。 豈弟君子、四方為綱。」『詩経(周)・大雅 卷阿』 「態度は温和で意気は盛ん、宝玉のように気高く、評判高く人望がある。このような徳の高い君子は、世の中の手本となる。」 「令」字の意味 發號也。号部曰。號者、嘑也。口部曰。嘑者、號也。發號者、發其號嘑以使人也。是曰令。人部曰。使者。令也。義相轉注。引伸爲律令、爲時令。 ※詩箋曰。令、善也。按詩多言令。毛無傳。古文尚書言靈。見般庚、多士、多方。般庚正義引釋詁。靈、善也。葢今本爾雅作令、非古也。凡令訓善.. 78593

                                                                                    ジョンお姉さんが解説する「元号でよくわからないことを言っている人 外伝「時をかける張衡」