壁崩壊という大事件が歴史に刻まれていたとき、ぼくは東欧旅行に出ていたのだが、ベルリンに戻って直感した。あらゆることが、もうこれまでとは違う、と。それでも、東の生活はすぐに激変したというわけではなく、街を行き交う人は揃いも揃ってジャージや擦り切れたジーパン、スニーカーという出で立ちのままだった。 壁という隔たりがなくなり、東の者たちは西の様子を一目みたいと思った。それは西の者も同じで、東はどんな様子か興味津々だ。国境はいまだに存在したが、看守たちは手のひらを返したように一様に慇懃で愛想よく、なにを持ち込んでも気にしないといった様子だった。さらに東の共産主義政権は崩壊していたので、実質的に法律が効力を発しておらず、音楽規制なども取り下げられた。東の国営レコードレーベル・アミーガでさえ、“ゾング(ZONG)”に改名されたのだ。 東と西のあいだに、脅威などもう存在しない。冷戦が終結したことに、みな