ECRR2003 ECRR2003 99 2004 12 15 2003 Recommendations of the ECRR The Health Effects of Ionising Radiation Exposure at Low Doses for Radiation Protection Purpose Regulators’ Edition Edited by Chris Busby with Rosalies Bertell, Inge Schmitze-Feuerhake, Molly Scott Cato and Alexei Yablokov Green Audit Press, First Edition; January 2003, ISBN: 1-897761-24-4 2003 - 1945 • 1989 ICRP 117 • ECRR 6160 160
チェルノブイリ原発事故:国際原子力共同体の危機 ミハイル・V・マリコ ベラルーシ科学アカデミー・物理化学放射線問題研究所(ベラルーシ) はじめに チェルノブイリ事故から11年たった.この間,多くのデータがベラルーシ,ロシア,ウクライナの科学者によって明らかにされてきた.これらのデータは,チェルノブイリ事故が原子力平和利用における最悪の事故であったことをはっきりと示している.この事故はベラルーシ,ロシア,ウクライナの環境に大変厳しい被害を与え,これらの国の経済状態を決定的に悪化させ,被災地の社会を破壊し,汚染地域住民に不安と怖れをもたらした.そして,被災地住民とその他の人々に著しい生物医学的な傷を与えた. 今日,チェルノブイリ原発の核爆発が生態学的,経済的,社会的そして心理学的に,どのような影響を及ぼしたかについては議論の余地がない.一方,この事故が人々の健康にどのような放射線影響を及ぼした
3 チェルノブイリに関する政府レベルの活動 政府の基本的政策 チェルノブイリ原発事故の影響を軽減するためにベラルーシ政府が行なってきた活動は,ソ連の崩壊前と後という2つの時期にまたがる5つの段階に分けることができよう.ソ連時代のベラルーシ政府は,事故の最初のショックから回復すると,ソ連共産党中央委員会とソ連政府が決定した政策を実行した.ソ連が崩壊し,旧ソ連諸国(主としてロシア)からの援助が期待できなくなると,ベラルーシ政府はチェルノブイリ問題について独自の政策を実行することになった. 第1段階(1986年4~6月)では,さまざまな不整合はあったものの,共和国の社会的・経済的状況は,種々の施策を実施することが可能な状態であった.この段階でのもっとも大きな誤りは,放射能の危険について人々に知らせなかったことである.パニックが起きる,という意見は根拠のないものであった.事故の大きさに関する秘密主
1 2 Preston Radiation Research 2003 3 Preston Radiation Research 2003 Pierce Radiation Research 2000 4 Preston Radiation Research 2003 Preston Radiation Research 2003 5 Preston Radiation Research 2003 6 LSS Preston Radiation Research 2003 0 2 0 0 4 0 0 6 0 0 8 0 0 1 0 0 0 1 2 0 0 1 9 8 6 1 9 8 7 1 9 8 8 1 9 8 9 1 9 9 0 1 9 9 1 1 9 9 2 1 9 9 3 1 9 9 4 1 9 9 5 1 9 9 6 1 9 9 7 1 9 9 8 1 9 9 9 2 0 0 0
1986 4 25 RBMK 100 kW 100km 1970 1977 RBMK RBMK 1661 25 320 kW 13 160 kW 50 25 23 10 26 0 70 100 kW 26 14 20 kW 23 23 40 AZ-5 AZ-5 1991 26 � � 7 26 26 5km 27 2 1200 5000 30km 30km 30km 1986 8 IAEA 15km 120 9 10 ( ) 45,000 33 3 7 km 5 7,000 540 7 10 km 4 9,000 460 10 15 km 10 8,200 350 15 20 km 16 11,600 52 20 25 km 20 14,900 60 25 30 km 16 39,200 46 1986 1986 70 1989 200km 131 30 137 1989 11 1991
1 Sv 2.4mSv mSv 10mSv 3.2 X Berrington (1) 15 X X 3.2 7587 700 0.6 Berrington ICRP 1990 (2) Sv 0.05 UNSCEAR 2000 (3) 1.2mSv 3000 5 10-2 /Sv 1.2 10-3 Sv/ 1.3 108 7.8 103 7800 Berrington X X 8000 Berrington Yahoo Japan 448 Berrington Berrington 2 Berrington UNSCEAR2000 NLT UNSCEAR ICRP NLT X UNSCEAR2000 I “Epidemiological evaluation of radiation-induced cancer” 1947 ABCC 1950 ABCC 12 LSS: Life Span
編集:今中哲二(京都大学原子炉実験所) 体裁:B5版/370ページ 発行:技術と人間 発売:1998年10月 定価:3400円 目次 はじめに 第1章 事故影響研究の概要 1.安全研究グループとチェルノブイリ事故共同研究 2.チェルノブイリ原発事故:国際原子力共同体の危機 3.ウクライナにおける事故影響の概要 4.ウクライナでの事故への法的取り組み 5.ベラルーシにおける法的取り組みと影響研究の概要 6.ロシアにおける法的取り組みと影響研究の概要 第2章 放射能汚染データとその解析 7.長期的な放射線被曝とガン影響の総合評価 <Zipped WORD Document> 8.モギリョフ滞在日本人の内部被曝に関する気象学的考察 9.ベラルーシに沈着したヨウ素131とセシウム137の比 10.土壌溶出液中でのウラン同位体の分離現象 第3章 周辺住民の急性放射線障害 11.事故直後の放射線障害と
- 77 - チェルノブイリ事故による死者の数 今中哲二 2006 年の春は事故から 20 年ということで、テレビ、新聞などでチェルノブイリのことが大きく取 り扱われた。チェルノブイリ問題に長らくかかわってきた専門家ということなのか、私のところには 前の年の暮れ頃から多くのマスコミ関係者が取材にやってきた。彼らからまず聞かれたのは、 「今中 さん、チェルノブイリ事故では結局何人ぐらい死んだんでしょうか?死者 4000 人というチェルノブ イリ・フォーラムの報告をどう思われますか?」ということだった。 この20年間チェルノブイリのことを調べてきて私は、 (原発事故)→(放射能汚染)→(被曝影 響)という単純な図式でチェルノブイリという厄災の全体はとらえられないこと、科学的アプローチ で解明できることはその厄災の一部でしかない、 ということを肝に銘じるようになった。 それで、 「チ ェルノブイ
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