吉田秋生の『海街diary』(全九巻、小学館、二〇〇七―二〇一八)で最も印象的な登場人物は誰か。 そう尋ねられて「アライさん」と、実際に答えるひとはひょっとすると少数派かもしれないが、仮にそう言ったとしてことさら異議を唱えられることは――まあ、奇を衒ったなとは思われかねないにしても――案外ないような気がする。未読のままこの文章に目を通してくださっている奇特な方のために説明しておくと(そもそもどんな話かについては申し訳ないですが各自お調べください)アライさんというのは、物語の軸である鎌倉の香田家四姉妹のうち長女・幸が勤める市民病院の後輩ナースである。それで何が印象的かというと、このアライさんというひと、基本的に常に不在なのだ。 彼女の存在が初めて言及されるのは第一話の終盤。幸たちが父親(姉妹が幼い頃に母親と離婚、その後再婚して山形の旅館で働いていた)の葬儀に出席するため赴いた山形からの帰りの