自分の親の生涯を正確に知る子どもは、どのくらいいるだろう。 私がまだ小学生の頃、家の書斎の本棚に、結婚前の父が母に贈った『智恵子抄』を見つけたことがある。赤茶けた古本には短い手紙が挟まれていて、それと分かった。以来、二人の馴れ初めを尋ねるも、はぐらかされっぱなし。親戚のおじさんたちに探りを入れ、ようやく事情が掴めたのは大人になってからだった。 船曳由美著『一〇〇年前の女の子』が文庫になった。編集者としても名高い著者が、母親の人生を丹念に聴き取った、文字通り100年の物語。前半は、明治42年生まれの母が幼少期を過ごした北関東の田舎町が舞台。食べ物に着る物、茶摘みに祭りと“百姓”の素の暮らしぶりを伝える記述は、民俗学的な記録になりそうなほど豊かだ。 そんな母がやがて上京し、苦学しながら新渡戸稲造や吉野作造らの講義を受けつつ知的に成長してゆく。変化の大きさが途轍もない時代に、少女は生きた。