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内田樹と書評に関するushiwatatのブックマーク (6)

  • 反知性主義3 Part 1: 内田編『日本の反知性主義』は編者のオレ様節が痛々しく浮いた、よじれた本。 - 山形浩生の「経済のトリセツ」

    しばらく間が空いた。で、反知性主義についての簡単なお勉強を経て、ぼくが手に取ったのは『日の反知性主義』だった。 このの題名は、明らかに『アメリカの反知性主義』を意識しているようだ。その一方で、この面子を見ると、ぼくが冒頭に挙げた『現代思想』の執筆者と重なるようであり、「反知性主義」を「バーカ」の意味で使う連中の集団のようにも思える。で、どうなのよ? それがぼくの興味だった。が、その前に…… 「反知性主義」をちがう意味で使ってはいけないの? まず、そもそも「反知性主義」を「バーカ」の意味で使ってはいかんのか? ぼくはそうは思っていない。ぜんぜん構わないと思う。ただ、その場合にはホフスタッターとかを引き合いに出してはいけない。まるで意味がちがうからだ。 なぜか? ホフスタッターのは、名著とはいえ決してだれでも知っているメジャーなではない。ぼくはたまたま、漠然とホフスタッター的な意味合い

    反知性主義3 Part 1: 内田編『日本の反知性主義』は編者のオレ様節が痛々しく浮いた、よじれた本。 - 山形浩生の「経済のトリセツ」
  • 小田嶋『友だちリクエストのなんとか』:恥ずかしいだけの本 - 山形浩生の「経済のトリセツ」

    友だちリクエストの返事が来ない午後 作者: 小田嶋隆出版社/メーカー: 太田出版発売日: 2015/04/28メディア: 単行(ソフトカバー)この商品を含むブログ (6件) を見る 小田嶋隆は、かつて別冊宝島なんかでもよく書いてたことからもわかる通り、ちょっとひねくれた偏狭な視点をもって極論の放言でウケを取りつつ、たまにそのひねた偏狭な視点が、世間的に声の大きい議論の歪みや盲点をうまく突くことがあるので重宝されていたライターではある。その点で、かれは内田樹と同じ種類の物書きだ。内田も、街場とかおじさんとか、来はあまりシャープな視点を持っていないと思われている立場が、逆説的に鋭いつっこみを入れられるというのを売りにして出てきた。 この手の物書きは、自分がひねた視点のマイナーな存在であり、基的には底の浅い放言をしているという立場をわきまえていればおもしろい。道化みたいなもんですな。でも、

    小田嶋『友だちリクエストのなんとか』:恥ずかしいだけの本 - 山形浩生の「経済のトリセツ」
  • 「お客様は神様です」って言うな!『街場のメディア論』 ~メディアは市場の論理と馴染まない:日経ビジネスオンライン

    市場万能論という考え方がある。ざっくりいうと、「市場にまかせておけば、たいていうまくいく」という考え方だ。 たとえば、国が規制などしなくても、危険な商品を作ればだれも買わなくなり、結果的にその会社はつぶれてしまう。ある会社のサービスに不備があっても、消費者が声をあげ、改善が図られるなら、むしろその会社の価値は高まる。優良企業がのび、そうでない企業は消える。紆余曲折はあるにせよ、最終的には消費者は恩恵にあずかり、結果オーライとなる。 そのために大切なのは、規制を極力なくし、市場における競争を活性化させること。フェアな競争のもと、絶え間ない自己改善と適応に成功したものが勝利者となる。企業というものは、来、利益追求をめざすものだが、市場というフィールドにでることで、利益追求と社会貢献が魔法のように共存する。 もちろん、過当競争やサービス残業、労働条件の悪化など、市場にゆだねるだけでは解決できな

    「お客様は神様です」って言うな!『街場のメディア論』 ~メディアは市場の論理と馴染まない:日経ビジネスオンライン
  • 内田樹『下流志向』 - 乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~

    面白かった。教育・労働・格差についてここ数年僕自身が考え続けていたこと*1のほとんどすべてを、僕自身よりも明快な言葉で代弁してくれていたのだから。読了後、便秘から解放された時のような爽快感に全身が包まれた。腑に落ちた。 よく売れただけあって、amazon.co.jpの読者レヴューの数も60を超えているのだが、それらの多くが書の実証性の欠如への不満を表明している。確かに書の議論は、子どもやニートへのインタビューに基づいているわけでなく、数値データに基づいているわけでもない。何らの検証を経ていない「仮説」が半ば一方的に展開されているような印象を読者が受けるのも否めない。しかし、それが「思いつきの垂れ流し」あるいは「勝手な議論」であるとまで言われれば、僕は書を擁護する側に立ちたい。 著者はフランス現代思想の専門家である。著者の専門的知見が織り込まれていないわけがない。僕には構造主義の知見

    内田樹『下流志向』 - 乱読ノート ~出町柳から哲学の道へ~
  • 東京大学(英米文学)・阿部公彦の書評ブログ�:�『村上春樹にご用心』内田樹(アルテスパブリッシング)

    →紀伊國屋書店で購入 「村上春樹が苦手な理由がわかりました」 村上春樹は「好き、嫌い」で語られることが多い作家だ。筆者も、昔からどうも苦手だった。でも、なぜか、相当数の作品を読んではいる。それで「あなたも村上春樹が好きになれる」というがあると、つい手を伸ばしてしまう。 書は、今をときめく内田樹先生によるハルキである。そのテーマのひとつが「村上春樹はなぜ批評家に憎まれるのか?」だというので、「そうこなくっちゃ」と思いながら屋でめくりだしたら、とまらなくなってしまった。ブログをはじめあちこちに書いた村上批評をひとつにまとめたものだが、短文が多いこともあり論集という風情はまったくない。歯切れの良い「徒歩感覚の現在進行形」とでも呼ぶべき語り口で、サービス精神とおふざけが満載なのに、たいへんちゃんとしたことも言っている。途中、気で怒ったりもするところがまた、いい。 書は大きく分けると「嫌

    東京大学(英米文学)・阿部公彦の書評ブログ�:�『村上春樹にご用心』内田樹(アルテスパブリッシング)
    ushiwatat
    ushiwatat 2007/10/08
    |本書は全編を通し、村上春樹の愛読者である著者が、「村上憎悪」というすぐれて日本文壇的な生理反応に一生懸命答えようとした軌跡なのだ|
  • 「株式会社という病」を読む - 内田樹の研究室

    平川くんの『株式会社という病』(NTT出版)のゲラが届いたので、東京へ向かう新幹線の車中で読み始める。 平川くんはブログ日記で、このを書くのにずいぶん苦労したと書いていた。 彼が「苦労する」というのはどういうことだろう。 言いたいことをはやばやと書ききってしまったので、残りの紙数を埋めるのに苦労するということは学生のレポートのような場合にはよくあることである。 だが、平川くんのような書き手の場合に「書くネタが尽きる」ということはありえない。 ということは、彼がこので「手馴れた道具」では論じることの困難な種類の主題を扱っているということである。 平川くんをして困惑せしめる主題とは何であろう。 一読して、その困惑が少しだけわかったような気がしたので、そのことについて書きたい。 彼は久が原の町工場の長男として育った。 その少年時代の親たちの働きぶりや、彼のまわりにいた工員たちの姿を活写すると

    ushiwatat
    ushiwatat 2007/05/01
    平川克美『株式会社という病』について。自責、郷愁、疚しさ。|彼は心のどこかであの労働者たちを「安定した格差」の中に取り残して「国際派ビジネスマン」になってしまった自分自身に「疚しさ」を感じている。|
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