コンバットREC @combat_rec 鳥山明が現れたときの衝撃というのは、物心ついた時にはすでに鳥山明がいた世代の方には想像しづらいかもしれないが『Dr.スランプ』の連載がはじまる前週の少年ジャンプ表紙を見れば、当時のジャンプキッズが受けた衝撃をわかっていただけるのではないだろうか。 pic.twitter.com/9r3lPq9JZR 2024-03-09 02:01:11
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飛来数全国一のマガモのブランド名「常陸国天然まがも」の発表会。小さな字で「ひたちのくに」と読み仮名が振られている=水戸市笠原町の県庁で2023年11月30日、木許はるみ撮影 「常陸牛」「常陸乃国いせ海老」……。茨城県が「常陸○○」の名で高級食材を売り出す中、ブランド化に思わぬ壁があった。読み方だ。全国の20~30代の半数程度が「常陸」を読めないという調査結果が明らかになった。 「常陸」は茨城の旧国名。由来は諸説あり、713年編さんの「常陸国風土記」では、一つの道が続く「直通(ひたみち)」と、ヤマトタケルが巡行した際に袖を浸したため「ひたす」から「ひたち」に転じた二つの由来が書かれている。 では、なぜ「常陸」の表記なのか。茨城の歴史に詳しいかすみがうら市歴史博物館の千葉隆司館長は「理由はわかっていないんですよね」と明かし、「当たり前のことは資料が残りにくく、地名の字も資料が少なくて研究が難し
この記事の3つのポイント おかゆを食べ続けていて思い出した祖母の七草の歌 正史にも稗史にも残らない記録が残せる時代が来た 個人の記憶をAIの学習素材にするだけでいいのか? このところ、朝晩と1日2食、おかゆを食べ続けている。 母の葬儀を出した後、ひっくり返ってしまった私だが、徐々に回復してくると、猛然と肉が食べたくなった。体全体にタンパク質が不足していたのか、それとも長期のストレスで、なにかタンパク質を定常的に必要とする体の特定の部位でも萎縮していたのか。 肉だ肉、肉もってこい状態で、大量の挽肉(ひきにく)を買ってきて巨大ハンバーグに舌鼓を打ち、1ポンド牛肉を買ってきてステーキを食らい、さらには牛すね肉を1kg買ってきて、鍋いっぱいのビーフシチューを作って2日間で食べ切り――そこで胃腸が悲鳴を上げた。シチュー鍋を空にした翌日、朝起きると腹痛を起こしていた。 痛む腹を押さえつつ、確かに還暦過
はじめにさる8月5日~6日、さいたま市で開催された第61回日本SF大会・Sci-con2023に参加した。 この中の分科会企画「明治大学が収蔵する柴野拓美資料の整理報告会」をいちギャラリーとして見たのだが、その内容はSFの枠を超えて、文化史に関心のある研究者・ジャーナリスト・一般の人々にも広く知られるべきだと確信した。 というわけで柄にもなく使命感に駆られ、浅学非才をも顧みず詳しい内容をレポートすることにした。なお同企画は映像の撮影はNG、レポートはテキストのみ可ということなので、あらかじめご了承いただきたい。(文中敬称略) 資料寄贈の経緯と概要登壇したのは明治大学総合数理学部専任教授で、柴野資料の管理責任者でもある福地健太郎。インタラクティブメディア、ディスプレイ技術などの研究者で、過去にSF大会で何度か企画に携わった経歴がある。 明治大学には、故米沢嘉博の蔵書を基にしたマンガ図書館があ
始めるに当たって断り書きですが、前回のかがみさんの時もそうですが、話は盛っていません。だから事実だけであまり面白くないかも知れません。ただその時感じた自分の印象はそのまま書いていきます。 ・吾妻ひでお先生のアシスタントになるまで まず、当時のマイナー業界でロリコンブームがあって、吾妻先生はそのレジェンドであり、急先鋒でもありました。自分は当時でいうロリコンカテゴリ系の人間では無かったということは十分承知していて、美少女は描いても性的対象としては描かなかったことで排除された気分になっていました。性的傾向を漫画に持ち込む素養がもともと無かったといった方が正しいかもしれません。逆にそのことでおたくの仲間に入れないことで悩みさえしました。なにせロリコン系作家であった方がマイナー業界では仕事があった時代でしたから。 今じゃ考えられませんよね。 話は前後しますが1983年(昭和58年)に遡ります。電研
いらはいませ。まず、吾妻ひでお先生関連のXポストが3本あってこんな感じでした。 昔同人誌に幼女が巨大化する漫画を寄せたら「田中さんのはちょっと違うな」と言われて。ロリの人から排除されるのって喜んでいいのか分からないけど、当時はそう言われて寂しかった。でもその漫画見て吾妻さんがアシスタントにしてくれて。このマニアと作家のすれ違いが面白い。分かりますかね(笑) — 田中雅人 (@tanamach) November 27, 2023 んで吾妻先生が失踪して無職になり仕方なく白泉社で漫画描いてたら(アシスタントの方が気が楽だった)突然先生から電話がかかってきて「今月号の短編面白かったよ!」というので「ど、どこにいるんですか?!」と聞いても教えてくれなかった。これにもいろいろ経緯あって字数 — 田中雅人 (@tanamach) November 27, 2023 本当に白泉社では仕方なくデビューし
急成長を遂げた周辺国からの侵略恐怖、増加する貧窮移民の不安、友好国へのぬぐいがたい不信、新たな感染症の脅威……「ドラキュラ」の恐怖と魅力の源泉には、黄昏を迎えた大英帝国の外国恐怖症があった。ゴシック・ホラーの金字塔に織り込まれた、ヴィクトリア朝イギリス社会の闇を描き出す! 世界でもっとも有名な吸血鬼「ドラキュラ」。 数ある吸血鬼作品のなかでも特権的な地位を得て、現代に至るまで映像化が繰り返され、日本では吸血鬼の代名詞にもなっています。 そのドラキュラの恐怖と魅力の源泉には、19世紀末イギリス社会に蔓延する深刻な外国恐怖症がありました。 「太陽の沈まぬ帝国」、「世界の工場」と謳われた栄光は過ぎ去り、軍事・経済ともに急成長を遂げつつある周辺国からの侵略恐怖、増え続けるユダヤ人など貧窮移民への不安、搾取してきたアジアの植民地から入ってくる新たな感染症の脅威……。 落日の大英帝国に生きる人々は心の
英語は、文学、映画やドラマ、コメディーや歌などに楽しく触れながら学ぶと、習得しやすくなります。連載「文学&カルチャー英語」では、シェイクスピア研究者で大学准教授、自称「不真面目な批評家」の北村紗衣さんが、英語の日常表現や奥深さを紹介します。今回のテーマは、イギリスで人気のクリスマスソング「フェアリーテール・オブ・ニューヨーク」の歌詞と、罵倒語の歴史です。 ※テキスト中のリンクが表示されない場合は、オリジナルサイト https://gotcha.alc.co.jp/entry/20200221-kitamura-literature-culture-8 でご覧ください。 ※この記事では説明の必要上、差別語や罵倒語を記しています。 イギリスで最も人気のあるクリスマスソング今回は、イギリスのロックバンド、ザ・ポーグス(The Pogues)のクリスマスソング「フェアリーテール・オブ・ニューヨーク
百円札を燃やし「どうだ明るくなったろう」と話す第1次世界大戦後の成り金紳士の風刺漫画で知られる和田邦坊(1899~1992)。出身地に近い香川県善通寺市の灸まん美術館(和田邦坊画業館)では、その多彩な顔を伝える企画展が開催中だ。学芸員で、研究の第一人者でもある西谷美紀さんに魅力を聞いた。 ――邦坊は時事漫画家、小説家、デザイナー、画家として活躍したマルチクリエーターでした。研究のきっかけは 邦坊さんが初代館長を務めた高松市・栗林公園内の讃岐民芸館で勤務した時、カッパが飛び出すような絵が描かれた焼きものに出会いました。なんだこれはと調べると彼の作品でした。 邦坊さんは香川の土産物のパッケージデザインを多く手がけていますが、地元でも名前はあまり知られていません。これはもったいないと、出身の琴平町などでゆかりの人たちへの聞き取りを始めました。別の博物館に移ってからも個人で研究を続け、2017年に
wholeearth.info いやぁ、驚いたねぇ。スチュアート・ブランドが手がけ、後にスティーブ・ジョブズがスタンフォード大学での卒業式スピーチの最後に言及して以降、多くの人に知られるようになった『Whole Earth Catalog』だが、派生シリーズを含めて各号がスキャンされてほぼすべてオンライン公開されている。 先週、「テクノ楽観主義者からラッダイトまで」でダグラス・ラシュコフによるスチュアート・ブランド批判を取り上げたが、ワタシ自身は「風上の人、スチュアート・ブランドの数奇な人生」も書いており、スチュアート・ブランドを偉人だと思っている。 ジョン・マルコフによる彼の伝記『Whole Earth』の邦訳がもう少ししたら出ると思うので、意図せずその前祝いとなるニュースだと思う。 ネタ元は Boing Boing。
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