http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/COLUMN/20090324/327071/ プログラマに必要なたった一つの力(小飼 弾) これからプログラミングをはじめる人へ(まつもと ゆきひろ) プログラマになりたいあなたへ(天野 仁史) あなたの不安こそ,最強の武器(結城 浩) 世界は,解かれるべき問題で満ちている(よしおか ひろたか) プログラムはメッセージ(戀塚 昭彦)
一つの成果が出るまでの工程を、たとえば 10 のシンプルな動作に分けて記述することができる人は、黙ってその成果にたどり着いてしまう人よりも、誰かに「成果の出しかた」を教えるのが上手。 本能で成果を出してしまう人、成果が出るまでの過程を記述できない人というのは、たぶん「成果が出ないことを叱る」ことでしか人を教えられない。 中間工程を分割して記述できる人は、その人に見えるいくつかの工程のうち、正しくできた部分をほめながら、間違った部分を矯正し、成果へと導いていくことができる。 http://medt00lz.s59.xrea.com/blog/archives/2007/09/post_546.html なるほど。
http://twitter.com/ 以下、ksaitoさんからのご紹介文。 ご存知かとは思いますが http://twitter.com/ 「今何をしているのか」だけを黙々と書いていくサービスです。他のユーザーが「今何をしているのか」を見る事もできます。たったそれだけなのに、なぜか面白い。 なぜ面白いのか、を考えていくうちに、理由は「制約と公開」にあるのではないかと思いつきました。つまり「一行で『今何をしているか』しか書けない」という制約が、気軽に書く事のできる雰囲気を作り、「不特定多数の人に公開される」ことで、どうせなら面白い文章を書きたい、あわよくば反応がもらえるかも、という動機につながるのかもしれません。 そこで思い出したのが結城さんの「Tropy」でした。Tropy もやはり「文字数やリンクの制約」「不特定多数の人に公開される」という、「制約と公開」が上手く機能した例だと思いま
http://blog.mf-davinci.com/mori_log/archives/2006/10/post_720.php それと同じように、あらゆる分野のデザインは、ノウハウがコンピュータ任せになり、どんどんセンスの比率が増していくだろう。 今日も森博嗣氏の文章から。上記の引用は絵やカラーコーディネートなどの話題だったが、プログラムの設計(デザイン)に関してはどうだろう。ノウハウはコンピュータ任せになるだろうか。色や形の場合にはコンピュータを使って試したり、膨大なパラメータ群の調整をコード化しておくことができるけれど、プログラムはどうだろう。確かに自動テストやlintのようなコード解析はコンピュータがやってくれるけれど、それは設計とはちょっと違うような気がする。コンピュータは設計をアシストできるだろうか。 似たような話は文章にも言えるか。文章を書くノウハウをコンピュータまかせにで
http://kazuhiko.tdiary.net/20060719.html#p01 かずひこさんによる。ペアプロならぬ「ペア・プレ(ペア・プレゼンテーション)」の話題。 ところで、エクストリーム・プレゼンテーションという題材は考えるのが楽しそうですね。結城が思いついたのは: 顧客テスト(Customer Tests)ならぬ「観客テスト」(聞いている人をテストする) テストファースト開発(Test-First Development)ならぬ「アスクファースト講演(Ask-First Presentation)」(最初に「みなさんは○○ですか?」と聞いて始める) コーディング標準(Coding Standard)ならぬ…何だかジョーク風になってきたので中断。朝食の時間だし。じゃね。
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