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ブックマーク / reki.hatenablog.com (423)

  • マッチの歴史 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    実は新しいマッチの短く濃い歴史 マッチが量産発売されたのは19世紀半ばのことです。 硫黄やリンに摩擦を加えて火を起こす、シンプルな仕組みに思えますが、実はライターの発明(16世紀)よりずっと後のことです。 今やマッチを使う機会もさほどないかもしれませんが、近代工業社会の中でマッチは重要な役割を果たしてきました。 1. マッチ発明以前 火を付ける方法 マッチは日工業規格では「安全マッチ」という名前で登録されています。 「安全」とは、マッチ棒の先についた赤燐が、マッチ箱の側面に塗ってある薬品とこすりあわせなければ発火しないということで安全という意味で使われているようです。 マッチ以前は、レンズを使って火種に太陽の光を当てる方法で火をつけたり、火打石や鉄を叩いて出した火花で着火させたり、火吹き棒の中の空気圧を急激に高めて着火させる方法も一般的でした。 マッチと言えばタバコですが、かつてタバコに

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    yaneshin 2022/11/15
  • 他国の領土にある「民族の精神的故郷」 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    外国にある「我々の土地」 特にユーラシア大陸の、時期によって主要民族が大きく移り変わった場所では、過去の主要居住地と現在の主要居住地が大きく異なっていることは珍しくありません。 日だと、例えば天孫降臨神話がある高天原、古都の奈良や京都といった地は、そこに例え馴染みがなくても、自分たちのルーツがある土地として、精神的な故郷と感じることができます。 幸運なことに日人の精神的故郷は国内にありますが、そうでない国もいくつもあります。仮に京都や奈良が中国大陸や朝鮮半島にあると考えたら、その感情を少しは理解できるかもしれません。 過去の民族の神話や歴史が整理し近代国家を形成する過程で、場合によってはそれを取り戻そうとする動きも高まり、戦争にまで発展したケースもあります。 1. フィンランド人の故地カレリア フィンランド人の心の故郷 カレリアは現在はロシアのレニングラード州とカレリア共和国、フィンラ

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    yaneshin 2022/10/28
  • 世界史を揺るがした10の大飢饉 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    大量の死者を出し社会を混乱させた大飢饉 歴史上、何度も飢饉が起きてきました。 えない人が大量に出現して治安が悪化したり、戦争や内乱が起きたり、場合によっては王国や王朝が転覆する場合もありました。 その原因は天変地異や気候変動だけでなく、政治や経済政策の失敗といった人為的な原因で起きたものもあります。 世界史を揺るがした大飢饉を独断で10選んでみました。 1. 536年 地球大寒冷 「人類史上最悪の年」と呼ばれる天変地異 ビッグ・ヒストリーの歴史家の中には、536年を「人類史上最悪の年」と呼ぶ人がいます。現在のエルサルバドルにあったイロパンゴ火山が大噴火を起こし、巻き上げられた二酸化硫黄と火山灰が、地球全体を寒冷化させました。 これだけでなく、彗星または隕石の衝突もあったらしく、複合的な要因で「異常気象」が起こったようです。 この噴火以降、10年にもわたって「冬の時代」が到来しました。 例

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    yaneshin 2022/10/18
  • ドクターペッパーの歴史 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    一部にコアなファンがいる炭酸飲料 ドクターペッパーを飲んだことがある方はどれくらいいるでしょうか。 私はありますが、たぶんこれまでの人生で3~4回くらいしか飲んだことがないと思います。それでもその独特の味を思い出すことができます。 チェリー味の甘いシロップに炭酸が入っているような味。やや薬っぽいような香りもします。これがダメな人はダメなようですが、熱狂的に好きな人もいて、コーラよりドクペ、というコアなファンもいます。 どれくらい需要があるか分かりませんが、ドクターペッパーの歴史を紹介します。 1. ドクターペッパーの誕生 ドクターペッパーが誕生したのは1885年。 テキサス州の田舎町ウェーコで、チャールズ・アルダートンという薬剤師が、ウェイド・モリソンが経営する「オールドコーナー・ドラッグストア」に勤めていました。 この店はドラッグストアでありつつ、薬以外にも品や文房具をはじめ様々なもの

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    yaneshin 2022/10/10
  • 死ぬという噂がある「呪いのお宝」伝説 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    トレジャーハンターを呪い殺してきたという噂のあるお宝 どこか人目のつかないところに秘匿されたお宝。 まだ見つかっていない眠ったお宝は、子どもも大人もお話だけでも大変ワクワクするものです。 しかし中には「呪い」がかけられれていて、トレジャーハンターを呪い殺すという噂があるものも少なくありません。有名な「呪いのお宝」をいくつかご紹介します。 1. カフエンガ・パスのお宝 www.youtube.com 何人ものトレジャーハンターを殺した埋蔵金 カフエンガ・パスは、カリフォルニア州ロサンゼルス市にあるサンタモニカ山地の東端の峠です。 1864年、密入国のメキシコ人羊飼いディエゴ・モレノが、財宝をこの峠の道に埋めたと主張したことから呪いの話は始まります。 1862年、債務の返済を口実にフランス軍がメキシコに侵入。共和国は倒され、ハプスブルク家のマクシミリアンを皇帝とするメキシコ帝国が成立しました。

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    yaneshin 2022/10/02
  • 食あたりで死んだとされる世界史の人物10人 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    国のトップの人たちもあたりで死んでいた? 徳川家康の死因が「鯛の天ぷら」であるという逸話は有名です。 実際に死の直前に揚げた鯛をべたのは事実ですが、鯛にあたって死んだということではなく、もともと胃がんを患っていたと考えられています。 今回の記事は「中毒で死んだ人物」ですが、全員があたりで死んだ人というわけではないと思います。中には家康のような間接的なケースもあれば、中毒に見せかけて毒を盛られて殺されたケースもあるかもしれません。 その点をお含みいただきご覧ください。 1.イングラド王ヘンリー1世 ヤツメウナギのべ過ぎで死亡? ヘンリー1世はノルマン・コンクエストを成し遂げたウィリアム1世の末子。 彼は憲章「マグナ・カルタ」を発表し、気まぐれな税金や教会収入の没収などの悪行をなくすことを宣言しました。また、アングロサクソン系王家の血を引くスコットランドの王女マチルダと結婚し、スコ

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    yaneshin 2022/09/19
  • 【2022年9月版】世界史関連の新刊50冊 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    今月は歴史専門書の数が多いです 2022年7月~9月の世界史関連新刊紹介です。 記事はざっと流し読みをして気になるをメモしていただくか、ブックマークして書店を訪れた際に見返すかして使っていただけるといいかと思います。今回も50冊あります。 今回は日軍や太平洋戦争に関する書籍が多い印象です。 いつも多いんですが、今回は諸外国と絡めたアジア・太平洋地域の歴史として太平洋戦争を見るという視点があります。ウクライナ戦争台湾海峡危機で改めて日のすぐ近くに戦争があることが誰の目にも明らかになり、軍事費拡大や予防的な敵基地攻撃を容認するかという議論が盛んになり、改めてかつての戦争について問い直したいという思いが高まっているのかもしれません。 新書・文庫・選書 安価に楽しめる新書、文庫、選書。今期はかなりバリエーション豊かなです。個人的な注目は以下です。(すべて買いました) アメリカとは何か 自

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    yaneshin 2022/09/11
  • 「修道院領」を現在でも有する修道院 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    Photo by Livioandronico2013 かつては大勢力を誇った修道院領の残骸 修道院はかつてヨーロッパの各地に教会を中心に畑や醸造所などを含んだ広大な土地を所有していました。 建前上は教皇により支配されているため国王の統治は及ばず、修道院長を筆頭とした独自の組織で運営されていました。中世にはヨーロッパ各地にあったこれらの修道院領は徐々に姿を消し、ナポレオン戦争後のウィーン会議で多くの修道院領は国家に組み込まれていくことになります。 ただし21世紀の現在でも「修道院領」は存在し、昔とやや形は変えながらもわずかながら存続しています。 今回は現存する修道院領を紹介します。 1. モンテ・オリヴェート・マッジョーレ修道院(イタリア) Photo by peuplier 世界中のオリヴェータ会を束ねる修道院 モンテ・オリヴェート・マッジョーレ修道院は、イタリア中部トスカーナ州シエナの

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    yaneshin 2022/09/03
  • なぜ「内モンゴル」と「外モンゴル」は分裂しているのか? - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    1921年モンゴル革命と「二つのモンゴル」の成立 我々が「モンゴル」と言うと、通常それはウランバートルを首都とするモンゴル国のことを指します。 しかし中華人民共和国の北部には「内モンゴル自治区」という自治区があります。 いわばモンゴルは二つに分割されている格好です。現在では目立った統一運動はないのですが、かつては統一を目指す動きがありました。 モンゴルは清朝の支配下にあった時、内モンゴルは中国の強い影響下におかれましたが、外モンゴルは間接統治の状態にありました。1921年外モンゴルで起きた革命によってモンゴル人民共和国が成立しますが、内モンゴルは中国側に据え置かれ、統一モンゴル国家を作る運動があったものの、太平洋戦争後に現在の「内モンゴル」と「外モンゴル」に分裂された形が定着しています。 1. 清朝によるモンゴル高原支配 かつて恐れられたモンゴルの強大な軍事力は17世紀から衰え始め、満洲民

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    yaneshin 2022/08/23
  • 社会主義者になった王族・貴族 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    共産主義・社会主義の理想に共鳴した高貴な人々 共産主義・社会主義の思想では、王族や貴族は人民を搾取する悪であり、階級闘争によって打倒されるべき敵であると考えます。 当然、王族や貴族は自分たちの社会的地位やこれまで培ってきた体制を守ろうとして、共産主義・社会主義とは敵対し、時には多量の流血が流れることもありました。 ところが王族・貴族の中には共産主義・社会主義に共鳴して、自分自身の階級を弾圧する者もいました。 なぜそうなったかは、当時の社会の背景や雰囲気を見ないと分かりませんが、どういった人物だったのかをみていきましょう。 1. イラジ・エスカンダリ(1907年〜1985年) イラン共産主義トゥーデ党の重要人物 イラジ・エスカンダリはイランの共産主義組織トゥーデ党の重要人物で、パフレヴィー朝の時代を通じて党第一書記として活動を続けた人物です。 父はカジャール朝の王子の1人であるヤヒヤ・ミルザ

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    yaneshin 2022/08/14
  • 馬から落ちて死んだ世界史の国王15人 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    多くの人の命を奪った落馬事故 現代の交通事故に類する事故が、昔では落馬事故にあたったのかもしれません。 不注意や追突、飲酒運転などもあったでしょうし、今の自動車にはない「馬の機嫌」というものもあったので、自動車よりもよっぽど危険です。 落馬で死んでる人は歴史上数限りなくいますが、今回は国王を15人リストアップします。事前に申し上げますが、この15人だけというわけではなく、もっともっとたくさんいます。独断と偏見で15人に絞らせていただいています。 1. ルイ3世(865-882) 女の子を追いかけて落馬 ルイ3世はカロリング家出身の西フランク王国の王で、弟のカルロマン2世と共同統治を行いました。彼の治世は879年から882年とわずか3年しかないのですが、881年8月に北のヴァイキングを倒すなど、軍事的な成功があります。 ルイ3世は882年、17歳のときに、領地のサン=ドニで馬に乗って少女を追

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    yaneshin 2022/08/06
  • チキンナゲットの歴史-健康食からジャンクフードへ- - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    アメリカが誇るファストフードの申し子 マクドナルドKFCといったファストフードチェーンに行ったら、チキンナゲットはだいたいべると思います。 外はカリっとして、中はふわっとした感。味は、チキンと名乗っているので確かにチキンなのですがあまりチキンっぽい味ではなく、「チキンナゲット」としか形容できない味です。強いて言うと油とケチャップと衣の味です。 冷凍保存が利き、仕事中や歩きながらもべることができ、価格も安い。 いかにもアメリカらしい、ファストフード文化の申し子のような存在です。 しかしもともと、チキンナゲットは健康品として開発され普及してきました。その後、品偽装問題など社会問題化したことで、体に悪い品の代表格のようなイメージがついてしまっています。 1. 消費者に敬遠されるチキン アメリカ人にとって、チキンはさほど人気のある材ではありませんでした。 アメリカの伝統的な肉と言え

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    yaneshin 2022/07/28
  • 現存する世界の「聖剣伝説」 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    さまざまな伝承・伝説が語り継がれる剣 日神話に登場する「草薙剣」は、三種の神器の一つに数えられ、王権の正当性を示すアイテムと見なされました。現在でも愛知県の熱田神宮に保管されているとされます。 剣は世界中の国・地域で王権の支配や神からの信託の象徴とされ、神話や伝承で重要な役割を果たします。ものによっては草薙剣のように(真偽は議論があるにせよ)現在まで受け継がれているものもあります。 今回は現存する「伝説の剣」をピックアップします。 1. ウォリックのガイの剣 伝説の騎士が怪獣を倒した剣 ウォリックのガイは中世イングランドの物語に出てくる英雄騎士です。 ガイはウォリック伯爵の宮廷に仕える卑しい身分の騎士だったが、伯爵の美しい娘フェリチェと恋に落ちてしまう。しかし結婚するには身分が低く、彼は功を挙げて名を高めようとします。人々を苦しめていた怪獣ダン・カウを退治し、ヨーロッパではドラゴン殺しを

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    yaneshin 2022/07/16
  • コンタクトレンズの歴史 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    国際的に発展してきたコンタクトレンズの発展史 コンタクトレンズは非常にシンプルな仕組みでありつつ、その開発の歴史は長く複雑なものがあります。仕組みはシンプルでありつつ、製造に使う素材や機材の発展によって大きく変化してきました。 かつてはコンタクトレンズは円錐角膜(角膜の中央部分の厚みが薄くなり、角膜が前方へ円錐状に突出する病気)などの角膜疾患に対して、眼科医が装着する特殊な装置でした。 角膜の生理学的な知識が発達し、素材や機材が改善され、値段も安価になると、一般の人も使えるようになっていきました。 1. コンタクトレンズが生まれるまで コンタクトレンズのアイデアを最初に提示した人物はレオナルド・ダ・ヴィンチであると言う俗説があります。 彼は1508年に出版した目の写で、水の入ったボウルに頭を沈めるか、水で満たされたガラスの半球を目の上に装着して、角膜の力を直接変化させる方法を説明しました

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    yaneshin 2022/07/08
  • 1983年世界核戦争の危機「エイブル・アーチャー83」 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    キューバ危機に次いで核戦争の危機が高まったNATOの軍事演習 冷戦の緊張が高まっていた1983年11月、NATO軍は核戦争が始まることを想定した軍事演習「エイブル・アーチャー83」を行なっていました。 このシナリオは、ソ連の指導者が交代し、代理戦争が激化し、ソ連がヨーロッパ諸国に侵攻するところから始まるもので、毎年行われていた軍事演習でした。 しかそこの年、ソ連の諜報機関はアメリカが訓練と称して核先制攻撃を行うのではないかと疑い、核兵器の発射準備を進めました。 結局軍事訓練の終了と同時に危機は過ぎ去ったのですが、のちにアメリカは実は知らず知らずの間にとんでもない核戦争の一歩手前の状態にあったことに気付いたのでした。 1. 米ソの緊張の高まり 1949年、アメリカと西ヨーロッパ諸国が結んだ安全保障条約「NATO」、そしてソ連と東欧諸国が結んだ防衛条約「ワルシャワ条約」の成立によって、世界は二

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    yaneshin 2022/06/26
    “もしかしたら当時のソ連の指導者の、破滅的で思考回路が現代ロシアの為政者にも引き継がれている側面があるのかもしれません。”
  • 【2022年6月版】世界史関連の新刊50冊 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    今月は歴史専門書の数が多いです 2022年4月~6月の世界史関連新刊紹介です。 記事はざっと流し読みをして気になるをメモしていただくか、ブックマークして書店を訪れた際に見返すかして使っていただけるといいかと思います。今回は50冊あります。 新書・文庫・選書 安価に楽しめる新書、文庫、選書。今期はかなりバリエーション豊かなです。個人的な注目は以下の通りです。 物語 スコットランドの歴史-イギリスのなかにある「誇り高き国」 海の東南アジア史 ──港市・女性・外来者 世界鉄道文化史 1.『物語 スコットランドの歴史 イギリスのなかにある「誇り高き国」』 中村 隆文 著 中公新書 2022/5/23 税込990円 リンク イングランド、ウェールズ、北アイルランドとともに「イギリス」を構成するスコットランド。一七〇七年の合同法でイングランドと統合しグレートブリテン王国となったが、近年は独立を模索

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    yaneshin 2022/06/12
  • 理不尽な理由で始まった戦争・完全版 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    よく分からない理由で吹っかけられる戦争がある 戦争を始めるには、指導者にどんな下心があるにせよ、一応皆を納得させられる大義名分が必要です。 ただ歴史を眺めてみると、どう考えても理不尽極まりない理由で始まった戦争も少なくありません。戦争は合理的に始まり合理的に終わると考えるのは、合理主義者が陥りがちな罠ですが、どう考えても理性的じゃない理由で戦争をふっかけられる場合もあるものです。 1. 野良犬戦争(1925年) 兵士が野良犬を追いかけ回し開戦 第二次バルカン戦争と第一次世界大戦で敵同士だったギリシャとブルガリアは、国境線を巡っていさかいが続いていました。互いに罵り合い、煽り合い、不信感が高まり、どんな些細なきっかけでもエスカレーションが起こる危険性が高まっていました。 この戦争は両軍が睨み合うペトリッチと呼ばれる国境地帯で起こりました。 1925年10月22日、あるギリシャ兵が野良犬を追い

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    yaneshin 2022/05/29
  • シマウマに乗りたい人々の歴史 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    シマウマを家畜化したいという人々のチャレンジ 歴史上、数多くの人がシマウマを家畜化しとようと試みてきました。 記録には全く残ってませんが、アフリカ牧畜民はおそらくシマウマを飼い慣らそうと相当な努力をしてきたと思われます。しかし現在シマウマを飼い慣らせてないということは、その試みが失敗に終わったということです。野生のシマウマが人に懐かないのは、アフリカ牧畜民があまりにしつこかったため、人を恐れる習性がシマウマに組み込まれてしまったのではという説すらあります。 19世紀以降、アフリカを植民地としたヨーロッパの人々は、大量にいる野生のシマウマをなんとか家畜化して活用しようとして、いくつかの成功事例が出ますが、おおよそ失敗に終わっています。 1. なぜシマウマを家畜化しようとしたのか シマウマは見た目はウマに似ているし、シマ「ウマ」と言うのでウマと似ているような誤解を与えるのですが、実はロバの近縁

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    yaneshin 2022/05/16
  • 中世イギリスで活躍した悪党たち - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    イギリスの裏社会で暗躍した佞臣やヤクザ者 中世イギリスはイングランドを中心に進行するも、スコットランド、ウェールズ、アイルランドをはじめとした国がまだ強く、国王の力も不安定で諸侯の力が強く、また大陸との関係もまだ曖昧な部分があり、統一的な権力や宗教、文化・文脈が行き渡るのはまだまだ先といった状態でした。そんな中で法の隙を突いて様々な悪党たちが暗躍しました。 今回は中世イギリスで活動した悪党たちをピックアップして紹介します。 1. マルコム・ムサード マルコム・ムサードはエドワード2世(在位1284年~1327年)、の時代に活動した悪名高いギャングです。 マルコムはウスターシャー地方の小領主でしたが、争いごとや乱暴ごとが好きな男だったようで、1304年には部下と共にウスターシャーのウェストン・サベッジの牧師館を弓矢で攻撃しています。立ち退きに不満を持つ元牧師から金をもらってのことでした。 1

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    yaneshin 2022/05/05
  • 【トルコ戦国時代】アナトリア半島の10君侯国の歴史 - 歴ログ -世界史専門ブログ-

    Work by Lord Leatherface オスマン帝国の支配に抵抗したアナトリアのベイリク セルジュク朝はアナトリア半島を支配する過程で、トルクマン人を始めとするベイ(君侯)の一族を送り込んで地方の統治を任せました。しかしセルジュク朝の支配が弛緩するとベイは独立をし、ベイリク(君侯国)と呼ばれる国々を形成しました。14世紀~16世紀までアナトリア半島は小国の割拠が続き、最終的にオスマン帝国によって統合されていくのですが、オスマン帝国もこれらの国々の併合にはかなり手を焼いています。 あまり馴染みがないのですが、アナトリア半島の戦国時代とでもいうべき君侯国時代の国々を紹介します。 1. サルハン侯国(1313年~1415年) 奴隷貿易の中心地として栄えた国 サルハン侯国は1290年代からアナトリア西部でサルハン・ベイという人物が設立した国です。 サルハン・ベイはセルジュク朝の先兵として

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    yaneshin 2022/04/21