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ブックマーク / maroon-lance.hatenadiary.org (11)

  • 百年の明日 ニッポンとコリア - 跡地。

    朝日新聞3月24日朝刊より。 蓮池薫さんのロングインタビュー。 −ソウル訪問の印象をつづった「半島へ、ふたたび」(新潮社)を出版されました。韓国への旅を思い立ったのは、なぜ。 「大学で韓国語を教えていて、以前から一度は訪れたいと考えていました。初めて自分の意志で行く外国です。過去の戦争の扱いや歴史文化の視点から、感じたことを書き、学生に伝えたかった。共通のものさしで南北を比較でき、日と朝鮮半島の関係も見えるところを訪問しました」 「私の言葉は、北のイントネーション(抑揚)なので、韓国で話すことに抵抗もありました。『スパイを見たら通報を』という看板がある国ですから。自由に話しかけたいと思う一方、警戒されるかなとも。でもソウルは、拉致されていた北朝鮮では『悪の巣窟』と呼ばれ、よもや行けることはないだろうと思っていた。自由の身になって訪問するのは痛快でもありました」 −ソウルで、戦争記念館を

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    Doen 2010/05/15
  • 三笠宮殿下の戦争指導批判 - 跡地。

    三品隆以『我観石原完爾』より。若杉参謀こと三笠宮崇仁親王殿下*1が昭和19年、支那派遣軍離任の際、司令部将校団に対して行われた講演の骨子。 (一)支那派遣軍の戦争目的は分明でない。即ち、その名分が、明確にされていない。 (二)軍、政、経各般にわたる現地施策は、総じて、事変処理に関する国家目的に合せず、また、中国側民衆社会に苛酷で、非情な圧迫と収奪となって、全中国民衆の離反と抵抗を、一層深刻にし、徹底的なものに追いやっている。 (三)日人は、中国歴史を知らず、社会を理解せず、異民族に対する寛容と融和の道を知らない。 日人は、すべてに対して自己の主観と独善で事を処理する。指導者意識、権力、権威主義が先に立ち、相手の立場と、それに対応する、合理的、合意的な方法を考えようとしない。(ここで、一例をあげるといわれ、自ら撮影された路上風景のスナップを示された)これは、諸君が、路上でよく見られる風

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    Doen 2010/04/20
  • 「救いを」祈る研修生 - 跡地。

    朝日新聞2月21日朝刊 在日華人第10部鼓動潮流 東北地方のある教会。信者たちは1人の中国人女性のために祈り続けている。日人牧師(55)は「素朴な笑顔が忘れられない」と話す。 女性は山東省出身。教会に近い港町の水産加工場で研修生として働いていた。2007年8月、初めて教会を訪れ、日曜ごとに電車でやってきた。礼拝中に涙を見せ、12月に洗礼を受けた。片言の日語で「イエスさまが私と一緒にいます」と話していた。牧師は「重労働の中で、信仰が心の支えになってほしい」と願った。 しかし、翌年5月の礼拝を最後に女性の姿を見なくなった。牧師が、女性を受け入れていた水産協同組合の通訳に尋ねると、中国の送り出し機関との間に「宗教活動を禁止する」との取り決めがあり、教会に通い続けるならば「帰国させる。(送り出し機関に預けた)保証金も没収される」と女性に告げたという。 こうした取り決めで、中国からの研修・実習生

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  • 好戦的な子供 - 跡地。

    http://d.hatena.ne.jp/sunafukin99/20071226/1198668287 を読んでとっさに思い浮かんだのが、平林盛人の『わが回顧録』の次の一節。 一番困ったのは私の五女香苗が世田谷池ノ上小学校の一年生であったので、同じクラスの幼い諸君から銘々の慰問文を貰った中に「アノニクイシナヘイヲ」とか稀には「チャンコロヲ」などとある。それに合同で礼状もどうかと思ったので、銘々別々に支那の絵はがきで出した。そして支那兵の憎むべきでないこと、チャンコロ等と呼ぶものでないことを諭しつつお礼状を書くのであるが、一々片仮名でわかるように教えるのは一番苦痛でもあり苦手でもあった。 平林が第十七師団長であったときの話である。 そういえば蓮田善明も次のようなことを書いている。 http://imperialarmy.blog3.fc2.com/blog-entry-93.html

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  • 8月10日の日記・海軍反省会 - 跡地。

    「平和」とか「反戦」とかいった言葉が嘲笑されるようになって随分になる。これは「平和を嗤う俺は現実主義者」という一種の中二病だろうから、そろそろ一周して元に戻ってくれんかなというようなことを、昨日のNHKスペシャル「海軍反省会」を見ながら考えた。 追記・日の海軍反省会第二回を見て 私は海軍に関しては門外漢だが、何となく記憶の隅に引っかかるものを感じて、探したところ、中央公論の『歴史と人物』のバックナンバーに鳥巣建之助氏の文章があった。何でも買っておくものだ。 特四内火艇と相前後して、○九金物、別称「震海」という特攻兵器が考案、試作されていた。この試作兵器の審議会が呉工廠で行なわれることになった前日、私は大浦崎の工場をたずね、実物を検分した。一見して、とても使いものにならぬと直感した。南海に棲息する大海亀そっくりの恰好をした代物であった。 テストパイロットの若い中尉に「どうかね」とたずねてみ

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    Doen 2009/08/11
  • AとBとの会話が不通 - 跡地。

    A、B、Cといる。Aは社会において圧倒的多数を占める。Bは余所者であるがAとの交流は長い。いろいろな面でAに較べて不利な扱いを受ける。Cは更にニューカマーで数も少なく歴史的因縁は無い。 AがCを出汁にBを叩きながら、一方でCもそのままにしておくというのは、勿論よくあることだ。 2009−1945=64 1868+64=1932

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    Doen 2009/07/11
  • 夏風邪をひいた - 跡地。

    在特会のデモは火事だと思った。そしてその火には、日国民であるなら誰しもに責任があると思った。だから消火にあたる消防士については、その思想信条など問題にせずこれを支持しようと思った。更に言えば彼らの反日主義は、在特会の排外主義ほど社会に浸透力があるとも思えず、それぐらいは言わせといても良いんじゃないかと思った。 白 - There is a light that never goes out. しかし実際在留外国人問題の現場でその衝に当たっておられる方の意見は違った。 はてなブックマーク - 実務家のラディカリスト批判 - 思いて学ばざれば はてなブックマーク - 実務家のラディカリスト批判 - 思いて学ばざれば はてなブックマーク -asahi.com(朝日新聞社):カルデロンさん一家、両親が入管に出頭 - 社会 isikeriasobi isikeriasobi id:Apema

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    Doen 2009/06/29
  • 白猫黒猫 - 跡地。

    水が高きから低きに流れるように、人間は右傾する。よって在特会のような主張は、日の丸がどうとかいう左翼のそれより、社会への浸透力がずっと強い。故に私はこれらに対する反差別デモを、それを構成する人の思想を問わず支持するし感謝もする。一方的であっても。

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    Doen 2009/06/16
  • 遷都計画 - 跡地。

    「日は朝鮮人を満州に追い出して韓半島に住もうとした」(1) | Joongang Ilbo | 中央日報 金氏によると、日は1943年の秘密国土計画「中央計画素案」で、京城府(ソウル)南の郊外、日の岡山と福岡の3カ所を大東亜圏の首都移転候補地に決めた、としている。 日人は韓半島と満州に、朝鮮人は満州に移住させる計画も立てた。金氏は「日の元官吏らとの面談で、首都移転候補地の京城府郊外は韓国外国語大竜仁(ヨンイン)キャンパス辺りであることを確認した」と述べた。 −−日帝はなぜ首都を移転しようとしたのか。 「ソウルは当時、日帝の支配圏の中心だったうえ、歴史的に地震のないところだったからだ。他の2つの候補地は日土だったが、彼らの心はすでにソウル付近に決まっていた。秘密計画を見ると、日人800万人と朝鮮人200万人を満州に移住させ、日人200万人を韓半島に移住させるという内容の人口

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    Doen 2009/06/13
  • 随分はっちゃけてるが - 跡地。

    「人工衛星でも落とす」とか「朝鮮総連の資産を凍結する」とか、最近かなりとばしてる政府だが、冷静に見たら結構理不尽なこと言ってる。それでも国際社会から責められないのは、日が積み重ねてきた善行と、逆に北朝鮮の素行の悪さの御蔭だろう。政府は先人と金親子に感謝を忘れず、この問題に冷静に対処して頂きたい。生きた球を打つ好機ということで、迎撃システムのテストをしても良いし、人のいない国土に落ちるように念を送っても良い。そこはまあよしなにすれば良いけど、一つ。資産凍結というと、私はどうしても真珠湾攻撃以降、身包みをはがされ、砂漠の収容所にぶちこまれた当時の在米邦人を想起せざるを得ず、嫌な気持ちになる。大体腹いせ以上の効果があるのかも怪しいものだし、もうちょっと別の方法を考えて貰いたいものだ。

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    Doen 2009/04/01
  • 平和をたずねて:南京−沈黙の深い淵から - 跡地。

    via 毎日新聞、「南京−沈黙の深い淵から」 - Apeman’s diary http://mainichi.jp/select/wadai/heiwa/visit/archive/news/20080409ddp041040019000c.html 「日アメリカに謝れと言えんのは、日中国に心から謝っとらんからじゃないですか」 日は、個人個人は兎も角全体としては、かつて自分たちが犯した犯罪にある程度自覚があるから、まず勝手に自分の中で相殺処理をしちゃって、外に出せないのではないかなと思った。中国なんかはその点、自分たちの罪を客観視する機会がまだ無いので、自分たちが日やその他の列強にされたようなことを、平気でチベットなどにしながら、一方で戦争被害を訴えられるのでは?あくまで全体を覆う空気の話だけど。 追記 最初、(この記者の意見は)逆じゃないかなと書いたが、逆ではないな。日

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    Doen 2008/04/18
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