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ブックマーク / number.bunshun.jp (50)

  • 「これは本当の日本の姿じゃない」なぜブラジル戦で完敗を喫したのか?(豊福晋)

    「まぁ今日の試合は完敗なんで。自分たちの実力をちゃんと認めて、あとの2試合を頑張るしかないですよね」と、試合後の悔しさを内に秘めつつも、淡々と語っていた田。 歓喜するブラジル代表の面々を前に、ザッケローニは立ち尽くしている。その少し後ろで、田圭佑はひとりベンチに座って呆然とピッチを眺めていた。 「怒りというよりも、失望の気持ちの方が大きい」 指揮官は堅い表情でそう語り、田は「完敗」と、ブラジル相手に0-3と歯が立たなかったことをあっさり認めた。 10月のポーランドで喫した0-4の大敗から8カ月。親善試合とは違う、真剣勝負の舞台でブラジルと再戦した日にとって、コンフェデレーションズカップ初戦は世界との差を確認する場でもあった。しかし縮まったのはわずかな点差だけで、内容ではその差はさらに広がっているようにさえ感じられた。 長友佑都は言う。 「レベルが違いました。すべてにおいてのレベルが

    「これは本当の日本の姿じゃない」なぜブラジル戦で完敗を喫したのか?(豊福晋)
    FCNT
    FCNT 2013/06/16
    イタリアのTV局SKYの解説を務めていたビアッリとコスタクルタは「日本はもっとやるものだと思っていた」と拍子抜けした様子だった
  • プロチーム空白地帯。~地方スポーツ発展の可能性は?~(小川勝)

    1万9694人を収容するベガルタ仙台の拠地・ユアテックスタジアム仙台。宮城県におけるプロスポーツの歴史は浅いが、1999年のベガルタ仙台のJリーグ加盟以来、プロ野球の楽天、bjリーグの仙台89ERSと、どのチームも地元で人気を誇り、座席稼働率も高い数字を残している。 日において「プロスポーツチーム」を定義するのは簡単ではないが、あえて簡潔に、拠地を定めて「ホーム&アウェー」で全国的なリーグ戦を行なっているチーム――と定義すると、プロ野球、Jリーグ、bjリーグがこれに該当する。こうした、明確なホームタウンを持つプロスポーツチームの、全国的な分布はどうなっているのか。ここ数年でチーム数の増加もあった。現時点の分布をまとめてみたい。

    プロチーム空白地帯。~地方スポーツ発展の可能性は?~(小川勝)
    FCNT
    FCNT 2013/04/16
  • 地味だが常連、そしてキーマン?高橋秀人、ザックジャパンでの重要性。(細江克弥)

    遠藤保仁と長谷部誠でほぼ固定されているボランチで、出場機会を与えられ続けていることには、バックアッパーとしてのテスト以上の意味がある。 記者席から試合を観ていて“好きなタイプの選手”を見つけると、いつまでもその選手を目で追い続けてしまうクセがある。 その対象はプレーヤーだった頃の自身のポジションにリンクすることが多く、自分の場合は特に、センターバックやボランチの選手に目が行きやすい。柏レイソルの近藤直也、横浜FMの栗原勇蔵、サンフレッチェ広島の青山敏弘、鹿島アントラーズの柴崎岳、ジェフ千葉の佐藤勇人、ファジアーノ岡山の仙石廉などがその例だが、そう言えばちょうど1年前、初めて見たFC東京の高橋秀人に目を奪われたことを今さらふと思い出した。 2012年3月3日、前年のJリーグ王者である柏レイソルと天皇杯王者のFC東京によるゼロックス・スーパーカップ。柏のMF大谷秀和を中心に試合を観ていた自分の

    地味だが常連、そしてキーマン?高橋秀人、ザックジャパンでの重要性。(細江克弥)
  • <シリーズ 3.11を越えて> 小笠原満男 「子供たちの笑顔を守り続けるために」~“東北人魂”に込めた思い~(佐藤俊)

    あの日から2年――。現役選手としてのコンディション維持と、 復興支援の両立に苦しみながらも、故郷のために動き続けてきた。 寡黙な男が、活動の難しさと故郷への思いをじっくりと語ってくれた。 雑誌Numberに連載中の「シリーズ 3.11を越えて」。 東日大震災から2年。今回はNumber824・825号より、 東北のために尽力する鹿島アントラーズ・小笠原満男の活動を追いました。 2年前の震災直後、満男は居ても立っても居られず、水や料を詰め込んだレンタカーで避難所を回り、生活物資を届けた。それが落ち着くと、被災してサッカーができなくなった子供たちのために、練習着やスパイクなどを集め、100箱以上の段ボールを恩師の齋藤重信先生に送った。さらに「サッカーも被災している。サッカーだけに使える基金を作りたい」と、仲間とともに東北サッカー未来募金を設立し、鹿島の試合に被災地の少年少女を招待するなど、

    <シリーズ 3.11を越えて> 小笠原満男 「子供たちの笑顔を守り続けるために」~“東北人魂”に込めた思い~(佐藤俊)
  • 柿谷曜一朗が“セレッソの8番”に!Jにおける背番号が持つ、重い意味。(細江克弥)

    「前任者」の清武(右)から8番を受け継いだ柿谷。海外オファーを蹴っての残留決定は、柿谷のさらなる進化の契機となるか。 イタリアのミランにおける「3」と「6」、同じくナポリの「10」、さらにオランダのアヤックスにおける「14」は、サッカー界でも有名な“永久欠番”の一つである。 パオロ・マルディーニ、フランコ・バレージ、ディエゴ・マラドーナ、そしてヨハン・クライフの栄光を称える永久欠番を持つことは、もちろんクラブにとってもサポーターにとっても栄誉である。彼らは「なぜ欠番なのか」を語り継ぐことで英雄の記憶を永遠のものとし、そうして歴史に重みと威厳を加えていく。 つまり永久欠番は、名選手の記憶を半永久的に刻もうとする冷凍保存システムである。“解凍”する日が来るケースは極めて稀であることから、スポーツ界に根付くこの文化が、いかに広く浸透し、また大切にされてきたかが分かる。 もっとも、英雄の記憶を語り

    柿谷曜一朗が“セレッソの8番”に!Jにおける背番号が持つ、重い意味。(細江克弥)
  • ミラーレス一眼カメラなら、スポーツの決定的シーンを素人でもキレイに撮れる!?(奥山泰広&高成浩)

    アスリートの心の中に渦巻くブツ欲を赤裸々に紹介し、解消していくこの企画。「ご意見番」として登場するのは、ファッション&モノ業界で長年活躍する“スマート”奥山泰広氏と、その相棒の“ワイルド”高 成浩氏。 カレンダーの残りが少なくなると、雑誌業界は締め切りに追われる“年末進行”で大わらわ。そんな忙しい2人のブツ欲を刺激したのは、ミラーレスの一眼カメラだ。年末年始のスポーツ観戦や、休み中のスキー&スノボ旅行に使うらしいが……。ミラーレスの意味も解ってない素人に、高性能を活用できるのか!? 奥山   いよいよ年の瀬も押し迫ってきましたね。もちろん年末年始には、石垣島に帰るんでしょ? 高   あ~っ? あなたが年末ギリギリまで仕事を入れるもんだから、飛行機のチケットが取れなくなっちゃったんだよ(怒)。……ったく、おかげで1人で寂しく年越し&正月だぜ。 奥山   まぁまぁ、この御時世、僕らの業界は仕事

    ミラーレス一眼カメラなら、スポーツの決定的シーンを素人でもキレイに撮れる!?(奥山泰広&高成浩)
    FCNT
    FCNT 2012/11/28
    そんな簡単に合焦するとは思えない訳ですが、ベースがコントラストAFですから。
  • <スモールクラブのJ1サバイバル術> サガン鳥栖の浪漫飛行。~“降格候補筆頭”躍進の秘訣~(藤島大)

    傍観者は皆、声を揃えた。「昇格で十分に快挙」。 その見た目に乏しい戦力からして、1年での J2出戻りを誰も疑わなかった。しかし――。 弱者を魅惑の戦闘集団へと変えた気鋭の韓国人指揮官と、 不動のボランチにして主将の言葉から紡ぐ躍進の秘訣。 いつか鳥栖は「終着駅」だった。鉄道の話ではない。Jリーガーのおしまいの場所という意味だ。挫折の果てに辿り着くローカルな小クラブ。北京五輪の日本代表で唯一の得点者、豊田陽平が期限付きで京都からやってきたら、正直、悲哀の二文字が浮かんだ。経営は幾度もぐらつき、嫌な言葉だが「お荷物」と扱われもした。 そのサガン鳥栖が、J1昇格の今季、走って、走って、走り疲れるだろうと思われたのにまだ走り続ける。夏を迎え、秋に差し掛かり、そこから先も足は止まらない。いまや、豊田は太陽の塔のごとく屹立する。 第3節の横浜F・マリノス戦で初勝利、以後、引き分けの勝ち点1を主たる養分

    <スモールクラブのJ1サバイバル術> サガン鳥栖の浪漫飛行。~“降格候補筆頭”躍進の秘訣~(藤島大)
  • 現地の宇佐美サポとの会話から――。ドイツで再発見したJリーグの真価。 (細江克弥)

    スピードと技術を武器に、ドイツでも独特の存在感を放つ宇佐美。そのスタイルのベースがJリーグで培われたことを、日サッカーは誇っていい。 サッカー日本代表の現在地を測る絶好の機会となった10月16日のブラジル戦(ポーランドで行なわれ0-4で敗戦)から、そのままドイツに流れてブンデスリーガを中心に取材している。欧州滞在10日目となった24日は、ドルトムントで行われたチャンピオンズリーグD組「ドルトムント対レアル・マドリー」を取材。いや、正確には「申し込み過多」という理由で取材申請を受け入れてもらえなかったから、取材ではなく観戦と言ったほうが正しい。 世界最高の観客動員数を誇るドルトムントのこと、もちろん試合の直前になって正規のルートからチケットを購入するのは不可能に近い。だから、とりあえずはジグナル・イドゥナ・パルクに足を運び、いわゆるダフ屋からチケットを購入しようと決めていた。滞在先のホテル

    現地の宇佐美サポとの会話から――。ドイツで再発見したJリーグの真価。 (細江克弥)
    FCNT
    FCNT 2012/10/27
    日本ではよく「日本人選手に特有のアジリティー(俊敏性)が武器になる」と言われているが、実際に優れているのはそれだけではなく、「ボールコントロールを伴ったアジリティー」であると言える。
  • 吉田や林、OA枠の選手の想い……。急速に強まる関塚ジャパンの“絆”。(日々野真理)

    メキシコ戦で決勝点をきめた大津を祝福するキャプテンの吉田。関塚監督も「最後までチームが1つになって戦うことができたのが収穫」とコメントしている。 IT IS TIME TO GO. 出発のときがやってきた。 イギリス時間、7月21日の午後5時過ぎ。晴れ渡る空のもと、サッカー日本代表用のウェアから、オリンピック選手団のスーツに着替えたU-23日本代表選手18名が、ノッティンガムから、オリンピック初戦の地、グラスゴーへと旅立っていった。 メキシコ戦を終え選手達が取材エリアに出てくる前、ロッカールームからは拍手が聞こえてきた。ここまでメンバーとしてチームに帯同していたバックアップメンバー4人への拍手だった。このメンバー4人は、ここでチームとは別れ日に帰国する。 バックアップメンバーのうちの1人、オーバーエイジのGK林彰洋。実は北京五輪でもバックアップメンバーだった。 ピッチの外では、いつも笑顔

    吉田や林、OA枠の選手の想い……。急速に強まる関塚ジャパンの“絆”。(日々野真理)
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    FCNT 2012/07/23
    日比野さん、徳永選手は単独の記事になるのでしょうか。
  • “サプライズOA枠”扱いの徳永悠平。その秘めたる才能と、これまでの道程。(二宮寿朗)

    7月11日のニュージーランド戦では左サイドバックで先発フル出場し、攻守にわたって活躍。2004年のアテネ五輪出場経験もあり、28歳最年長としてプレー以外の面でも関塚監督の期待は大きい。 ロンドン五輪に臨む関塚ジャパンの「オーバーエイジ(OA)枠」の人選に、肩すかしをらった人も少なくないだろう。 A代表のレギュラーとして活躍している吉田麻也はともかく、リストに入っていたと見られる長友佑都、細貝萌は所属クラブの了解を得られなかったのか、結局のところ選出されなかった。 代わりに入ったのがA代表の常連ではない徳永悠平(もう一人は、バックアップメンバーとしてGKの林彰洋)。サイドバック、センターバック、ボランチと複数ポジションをこなせる“ポリバレント”で、ポテンシャルの高さは誰もが認める選手ではある。だがこれまでのA代表では一定の評価が得られておらず、ザックジャパンでも4月の代表候補合宿に呼ばれた

    “サプライズOA枠”扱いの徳永悠平。その秘めたる才能と、これまでの道程。(二宮寿朗)
  • 「まだ大丈夫」か「もうダメ」か?今季わずか3勝、ガンバの絶体絶命。(佐藤俊)

    7月7日(土)のFC東京戦前には、松波監督体制になって初めて選手だけのミーティングを行ったというガンバ大阪。遠藤は「選手同士がコミュニケーションをしっかりとり、ピッチ上で改善できれば」と前向きな発言をしていたが……。 Jリーグが前半戦を終了したが、最大のサプライズは、ガンバ大阪の低迷だろう。 「まさか、この時期、こんな順位にいるとは想像できなかった……」 遠藤保仁がそう語るように、17節終了時点で3勝10敗4分け、17位とJ2降格圏内に落ち込んでいる。 ガンバは2005年リーグ初制覇以降、常にタイトル争いに絡む強豪チームに成長した。だが、昨年、10年続いた西野朗監督を解任し、新たにセホーン&呂比須体制が敷かれたが、それが躓きの始まりだった。開幕から公式戦5連敗を喫すると、2人の指揮官は解任され、コーチだった松波正信が監督に昇格した。ところが、生え抜きで信頼の厚い松波を以てしてもチームを好転

    「まだ大丈夫」か「もうダメ」か?今季わずか3勝、ガンバの絶体絶命。(佐藤俊)
    FCNT
    FCNT 2012/07/13
    2010年のFC東京の記事のコピペかと思った。
  • <最終ラインのキーマン> なぜ今野泰幸はザックに重宝されるのか。(二宮寿朗)

    数多くの代表選手の中で、唯一の存在である。 ザックジャパン発足後、全てのAマッチに先発。 不動のセンターバックとしてチームを支える。 これほど指揮官の“寵愛”を受けるのはなぜか。 人の回想をもとに、その要因を探る。 記者席が軽くざわついた。 2月24日、アイスランドを大阪長居スタジアムに迎えた親善試合。残り10分を切ったところで交代ボードに「15」がともった。 今野泰幸が駆け足でタッチラインに向かう。アルベルト・ザッケローニが監督に就任して以降、続いていたAマッチ連続フル出場は17で止まった。 「今野は他のディフェンダーにはない特長を持っている。でもこのチームは彼を欠いても機能するまでに成長したということ。夜はぐっすり眠れるよ」 指揮官は試合後の会見で交代の理由に言及した。裏を返せば、“今野の存在がいかに重要か”を強調しているようなものだった。 ザッケローニの目指すサッカーになぜ、今野が

    <最終ラインのキーマン> なぜ今野泰幸はザックに重宝されるのか。(二宮寿朗)
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    FCNT 2012/04/03
    試合後、遠藤保仁の部屋でミネラルウォーターでの乾杯を済ませると、2人の話はすぐにチームの課題へと移っていった――。
  • 今野泰幸はガンバを立て直し、中澤、闘莉王を越えるCBになれるか?(二宮寿朗)

    ガンバの今季に入ってからの5試合の失点は、試合順に3、3、2、2、2と続く。日本代表CBの不動の地位を守るためにも、今こそ今野の奮起が期待される。 “ザックジャパン不動のセンターバック”今野泰幸に試練が訪れている。 8シーズン在籍した愛着のあるFC東京を離れて今季からガンバ大阪へ移籍したが、25日のジュビロ磐田戦にも敗れて開幕から3連敗。ACLのグループリーグを含めると公式戦5連敗となり、いまだ1勝も挙げることができていないという非常事態に陥っている。 ブラジル人指揮官セホーンの迷走ぶりが、チームに混乱を招いたことは間違いない。フォーメーションや選手の配置を固定できず、どう戦うかのビジョンすら見えてこなかった。パスを回すだけの消極的な戦いが守備に影響を及ぼし、5試合で失点は12。1試合平均2.4失点という崩壊ぶりである。前線からの連動した守備ができず、全体が間延びしてしまうことでスペースを

    今野泰幸はガンバを立て直し、中澤、闘莉王を越えるCBになれるか?(二宮寿朗)
  • ナビスコ杯優勝の“副賞”は、隠れた世界への挑戦権。~スルガ銀行チャンピオンシップ~(浅田真樹)

    クラブ・ワールドカップ(以下、CWC)が創設されて以降、日でのAFCチャンピオンズリーグ(以下、ACL)の注目度は、飛躍的に高まった。言うまでもなく、アジアのクラブ王者に世界へと通じる道が開かれたからだ。 日からは現在、J1の上位3クラブと天皇杯優勝クラブが、翌年のACLに出場できる。J1、あるいは天皇杯からACL、そしてCWCへと続く道筋は、もはや広く知られるところである。 だが、世界へと道がつながっているのは、J1と天皇杯に限らない。4年前からはナビスコカップの優勝クラブにも、翌年のスルガ銀行チャンピオンシップへの出場権が与えられるようになった。 こちらは雑誌『Number』の掲載記事です。 NumberWeb有料会員になると続きをお読みいただけます。 残り: 627文字 NumberWeb有料会員(月額330円[税込])は、この記事だけでなく NumberWeb内のすべての有料記

    ナビスコ杯優勝の“副賞”は、隠れた世界への挑戦権。~スルガ銀行チャンピオンシップ~(浅田真樹)
  • 魅惑の攻撃サッカーで柏がJ1を面白くする。~レイソル躍進の理由と展望~(熊崎敬)

    折り返し地点にあるJ1で、柏レイソルの躍進が目立つ。大震災の影響か、今季は鹿島アントラーズ、名古屋グランパス、ガンバ大阪といった強豪が出遅れた。では柏の進撃は、「鬼の居ぬ間」で終わるようなものなのか――。 昇格チームがJ1を席巻するというのは、実は珍しいことではない。'09年にはサンフレッチェ広島が、'10年にはセレッソ大阪が、ACL圏内にい込んだ。広島、C大阪、そして今季の柏には、攻撃的な試合運びと外国人監督という、ふたつの共通項が存在する。 彼らは降格したことを逆手に取った。J1の下位に長くいると、目先の勝ち点を取ることで手一杯になり、冒険はできなくなる。だがJ2に降格の恐怖はなく、独走すれば様々な実験ができる。昨季の柏も前半戦は手堅い試合をしていたが、独走態勢に入った後半戦はパスをつなぎにつないで敵を振り回す、今季の雛形となるようなプレーを繰り広げていた。 こちらは雑誌『Numbe

    魅惑の攻撃サッカーで柏がJ1を面白くする。~レイソル躍進の理由と展望~(熊崎敬)
  • まずはFC東京の正GKを奪還せよ!U-22の守護神・権田修一の試練。(二宮寿朗)

    クラブユース選手権(U-15)で2003年に日一となり、その後は各年代の日本代表にも選ばれ続けるなどエリート街道を歩んできた権田修一。2007年からは高校に通いながらFC東京のトップチームに昇格。大器としてチームからも将来を期待されている U-22日本代表の守護神、権田修一が今、試練に立ち向かっている。 クウェートを振り切ってロンドン五輪アジア2次予選を突破。その後にFC東京に戻ったが、権田の代わりにゴールを守ってきた塩田仁史から先発の座を奪い返すことができないでいる。7月2日の鳥取戦(ホーム)もベンチスタートとなり、合流して以降2試合連続で先発から外された形となった。 2008年に20歳でJ1デビューを果たし、その年にマークした16試合無失点はJ1最多タイ記録となった。以降、FC東京のゴールマウスを守り続け、今季もいい状態をキープしていただけに、試合に出られない悔しさはあって当然。

    まずはFC東京の正GKを奪還せよ!U-22の守護神・権田修一の試練。(二宮寿朗)
  • 「諦めないよ」と内田に微笑んだ長友。CL前王者インテルがホームで5失点!!(弓削高志)

    「日の皆さんに、僕らの気持ちは絶対に伝わると思っていたので、必死に戦いました」(長友)。「チャンピオンズリーグでの日人対決は初めてになるのかな? 今後、次から次へと日人選手は出てくると思うんで……」(内田) 「おつかれっス!」 試合後、ミックスゾーンに現れた長友佑都はひときわ陽気な声で、すでに報道陣へ応対していた内田篤人の首を抱え込んだ。快活な笑顔の長友と飄々とした内田。2人の表情だけを見て、どちらが勝者か判断するのは難しかった。 欧州の頂を目指すチャンピオンズリーグ。セミファイナル行きをかけての第1戦、2人の日本代表が殿堂サン・シーロで相まみえた。試合開始27秒、ホームのインテルが先制点を奪ったとき、誰がその後の展開を予想できただろうか。 前年王者インテルは、2対5でシャルケを相手に壊滅的な敗北を喫した。 完敗したミラノ・ダービーの汚名をそそぐはずだったが……。 そもそもこの試合に

    「諦めないよ」と内田に微笑んだ長友。CL前王者インテルがホームで5失点!!(弓削高志)
    FCNT
    FCNT 2011/04/06
    負けねえよ。諦めないよ
  • <三浦知良と香川真司の往復書簡> 香川選手との初対戦に秘められた不思議な縁。(Number編集部)

    香川真司 1989年、兵庫県生まれ。'06年C大阪に入団。'09年にJ2得点王となり、'10年にブンデスリーガ、ドルトムントへ。リーグ前半戦は全試合先発し8ゴール。アジア杯2011では日本代表の10番をつけ、準決勝の韓国戦まで全試合に先発出場。チームを決勝に導いたが、韓国戦後に右足小指付け根の骨折が発覚、今季の復帰は絶望的とみられている。 僕は今、ドイツのドルトムントに移籍して、ようやく半年が過ぎようとしています。チームはブンデスリーガで首位を独走していますし、ここまでは何とかいいリズムでプレーできています。 僕が、カズさんのことを初めて認識したのは、小学校1年生のころでした。特にカズダンスにはものすごく影響を受けた記憶があります。あと、シザースのフェイントもよく真似をしていましたね。その2つはカズさんの十八番ですから、特に印象に残っています。 実を言うと、僕はカズさんと小学校1年生の時に

    <三浦知良と香川真司の往復書簡> 香川選手との初対戦に秘められた不思議な縁。(Number編集部)
  • “知将”城福浩監督がついに解任。FC東京が抱えた4つの誤算とは?(木崎伸也)

    9月19日、FC東京の城福浩監督が解任された。 昨季ナビスコカップで優勝するなど、城福監督は多くのものをFC東京にもたらしてきたが、23節の磐田戦まで9試合勝利がなく、降格圏内の16位に転落してしまったことを考えると、仕方がない決定だったと言えるだろう。同じく今シーズン途中に監督が交代した、京都(17位)、神戸(15位)、大宮(14位)と残留をかけて争うことになる。 かつてレバークーゼンを率いたドイツ人のアウゲンタラーが「人は生まれたときから死が決まっているように、監督はサインした瞬間から解任へのカウントダウンが始まっている」と言ったように、監督はいつかはクラブを去るもの。監督交代は、ある意味、サッカー業界のなかでの配置転換のようなものだ。攻撃サッカーの確かなメソッドを持つ城福監督が、また他の場所で力を発揮することを期待したい。 それにしても、なぜ代表級の選手が集まるFC東京が、今季は急失

    “知将”城福浩監督がついに解任。FC東京が抱えた4つの誤算とは?(木崎伸也)
  • <モスクワ直撃取材> 本田圭佑 「革命児の美学」 ~ついに明かした“W杯を語らない理由”~(木崎伸也)

    W杯で一躍ヒーローとなった男は、周囲の喧騒をよそに その活躍を振り返ることなく、ロシアへ発った。 なぜ、彼は未だすべてを封印しているのか。 8月上旬、巨大な煙に包まれた猛暑のモスクワで、 田圭佑の大いなる“野望”と独自の“哲学”に迫った。 南アフリカW杯後、メディアから田圭佑の「声」が消えた。 TVをつけても、新聞や雑誌をめくっても、田がインタビューに答えている姿が一切見つけられないのだ。 W杯で活躍できず、戦犯扱いされていたのなら、メディアを避けても不思議ではない。だが、田は日のベスト16進出に貢献したエースなのだ。にもかかわらず、「声」を残さず、そのままロシアへ旅立った。 なぜ、田圭佑は口を閉ざしたのか? 8月4日、モスクワ。街は巨大な煙に包まれていた。 連日、35度を超える異例の猛暑で、近郊の森林の泥炭層で火災が発生し、約13万ヘクタールもの土地が焼け野原と化したからだ。

    <モスクワ直撃取材> 本田圭佑 「革命児の美学」 ~ついに明かした“W杯を語らない理由”~(木崎伸也)
    FCNT
    FCNT 2010/08/26
    久々ですね。