きょうの「EU労働法政策雑記帳」に、労働教育と、労働者個人の幸福についての意見の分かれについて書かれていて、とても興味深い。 ブログ主の濱口さんは、金子良次事さんの労働教育に対する批判的意見に対して「何にでもなれるはずだという幼児的全能感を膨らませておいて、いざそこを出たら、「お前は何にも出来ない無能者だ」という世間の現実に直面させるという残酷さについては、いささか再検討の余地があるだろうとは思っています」と、今の職業教育不在の状況を批判している。 その意見の違いを見て、いろいろ葛藤した14~5歳のときのことの人生選択を思い出してしまった。 私は、中学生後半ぐらいから、祖父に商業簿記の修得を求められ、商業高校に行きたかったが、保守的な両親も、両親以外に頼っていた周囲のリベラルな大人たちも、なぜかこのときは共闘して阻止され、説得された記憶がある。 自分の中では、能力なんて大したものではないの