マジで綺麗なテクノ 1 名前:TR-774投稿日:02/02/16 00:25 ID:d/A9Zf2Y 泣きはいるくらい綺麗なやつ教えて 2 名前:TR-774投稿日:02/02/16 00:28 ID:??? orbitalのchimeとforever 3 名前:TR-774投稿日:02/02/16 00:29 ID:dG3s17t3 千原浩史 4 名前:TR-774投稿日:02/02/16 00:40 ID:??? スローなブギにしてくれ 5 名前:TR-774投稿日:02/02/16 00:46 ID:d/A9Zf2Y なんか、こう、聴いてて幻想的な光景がひろがるのとか 6 名前:TR-774投稿日:02/02/16 01:00 ID:YxrBTi0O Paul Van Dyk の My World 7 名前:TR-774投稿日:02/02/16 01:07 ID:UM
◆原広之『バブル文化論 <ポスト戦後>としての一九八〇年代』慶應義塾大学出版会、2006年6月 私にとって常々、80年代やバブル期のカルチャーは憎悪の対象であり、それゆえに80年代論に強い関心を持っている。特にバブル期の現象など、私にとっては揶揄の対象でしかない。本書で取り上げられ分析されているモノや人を読みながら、本当に愚かな時代だったのだなとあらためて思う。 こんな思いがあるので、私は80年代やバブル期をいまだに冷静に見ることができないのだが、本書は郷愁でもなく揶揄でもなく80年代を捉えている。本書では80年代を、戦後との混沌期である80年代前半、それから戦後との断絶期にあたる84年から86年、バブル期への移行期間である86年から88年、そして88年から93年のバブル文化期に細かく分節化して分析しているのも興味深いし、なにより「歴史」をいかに描くのかという、ある意味坪内祐三の本と同じ問
ちょっと前に半分近く読んでストップしていたのを、ついつい読み終えてしまう。 バブル文化論―“ポスト戦後”としての一九八〇年代 作者: 原宏之出版社/メーカー: 慶應義塾大学出版会発売日: 2006/05/01メディア: 単行本購入: 3人 クリック: 39回この商品を含むブログ (49件) を見る 著者とほぼ同世代で80年代後半から90年代初頭にかけて、「バブル文化」にかなり染まってしまっていた僕としては、そのあたりの時代についてのツボをついた記述に「そうそう」とか「へー、そうだったんだ」とか反応してしまう。とくにファッション関係。J・M・ウェストン→リーガル→ハルタとか、ポロやフレッドペリーのポロシャツに、501やシピー、リベルトとか(シピーとか、リベルトって今はどうなってるんだろうか)。 こういうブランドたちの名前を雑誌で見て、追い求める80年代後半的センスでは、たしかにレノマとかエレ
来年も作りたい!ふきのとう料理を満喫した 2024年春の記録 春は自炊が楽しい季節 1年の中で最も自炊が楽しい季節は春だと思う。スーパーの棚にやわらかな色合いの野菜が並ぶと自然とこころが弾む。 中でもときめくのは山菜だ。早いと2月下旬ごろから並び始めるそれは、タラの芽、ふきのとうと続き、桜の頃にはうるい、ウド、こ…
2006年09月06日22:30 カテゴリ書評/画評/品評SciTech 科学の理解vs納得 - 書評 - 悪問だらけの大学入試 「文化・真摯な科学者達「ニセ科学フォーラム」報告」経由で「新しい高校(化学|生物|物理|地学)の教科書」の左巻健男先生のblogを発見。 悪問だらけの大学入試 丹羽 健夫 早速RSSを登録した上で、以前の書評、 化学:404 Blog Not Found:いっそ合冊に出来なかったかな? 生物:404 Blog Not Found:たんぱく質に淡白 物理:404 Blog Not Found:急がば微積 地学:404 Blog Not Found:旨いけどインスタント味 をTBさせていただいた。 左巻先生は、どうやらニセ科学とも戦っておられるようだが、左巻先生に限らず、どうも日本の「対ニセ科学戦隊」は苦戦しておられるように見受けられるので、自分なりにその理由を考え
斎藤環さんと私の往復書簡 「和樹と環のひきこもり社会論」、今号は斎藤さんで、『必然性は「症状」か?』です。 本屋さんでは売っておらず、すべて立ち売りです。 販売場所はこちら。 購入し、すぐに読破。*1 愛して♥ひきこもり〜タ。 気になる点がすでにあるけど、しばらく読み続けてみたい。 どのような作家か調べるために、本屋にあった『黒―奥浩哉短編集 完全版 (ヤングジャンプコミックス)』も購入。 *1:漫画雑誌を前に買ったのがいつだったか、覚えていない。 大友克洋『AKIRA』連載終了後、「毎号楽しみに買う」という習慣がなくなった。 思いつくたびに記してみようと思う。 (ネタバレなので、映画本編を観ていない方はご注意ください。) 続きを読む
さて、では、私の友人知人のオタク達はどういう組み合わせで結婚をしただろうか? と、考えると。 大半がヲタ×腐女子 オタ友もディープだが、腐女子もみんなかなりディープ。 中には「この娘なら結婚しても自分の生活を変えなくてもいいから」と名言した友人もいる。 id:p_shirokumaさんは、どっぷりオタ女子は「いるところしかいない」と書いていらっしゃったが、半分そうだと思う。 私の友人が相手を見つけたのは、学生時代のサークルとコミケ*1。 こういうところに所属してないと見つけにくいし、所属していれば機会は結構ある。 一般人と結婚した人ももちろんいるが、考えてみれば、それは、ちょいオタ男子ばかり。 女の子の方は学生の頃は、どっぷり腐女子でも会社に入って一般人を捕まえて結婚する子も多いように思う。 女の子の方が要領がいいのだろう。普段から自分の身の回りに気遣っていたし、たぶん、切り替えがうまい。
Latest topics > 本人が「個性的なオシャレ」に不満を感じるということを、個性的なオシャレを推奨する人は分かっていない 宣伝。日経LinuxにてLinuxの基礎?を紹介する漫画「シス管系女子」を連載させていただいています。 以下の特設サイトにて、単行本まんがでわかるLinux シス管系女子の試し読みが可能! « 道端の百合 Main 大学生にもなりゃあそんなの常識だろ、と » 本人が「個性的なオシャレ」に不満を感じるということを、個性的なオシャレを推奨する人は分かっていない - Sep 07, 2006 基本的なオシャレオフの時に天馬氏に話したことと繋がることを改めて思ったんだけど。 天馬唯氏は、太っている人には太っている人なりの、チビにはチビなりの、個性的なオシャレの方が似合う、という風なことを以前から何度もおっしゃっている。「脱オタ」の文脈で持ち出される「オシャレな格好」が
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