教科書の「介護は低賃金重労働」、修正要望−関連6団体が出版社に http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150713-00000004-cbn-soci 福祉現場からすれば、教科書でまでネガティブな情報ばかりを流すのは勘弁してほしい(加えて、このニュースをYahooのトップに載せるのも)。 自分は障害福祉分野だけれど、「低賃金」と言われれば、確かに強く反論できるほどの業界ではないのかもしれない。厚労省による平成25年賃金構造基本統計調査によれば、「社会保険、社会福祉、介護」分野(「介護」と「福祉」はやや違うのだが、以下、まとめて福祉職と呼ぶ)の年収は340万円(平均41.2歳)となる。全産業の平均は480万円くらい(平均42.1歳)なので、確かに「組織の規模も分野も問わない平均」と比べれば、低い。 ただ、福祉職はそんなに特別視されるほどの低賃金なのだろうか。
クレジットカード入会審査における都市伝説のひとつに、『クレジットカード審査では銀行口座残高が見られているから、申込時に貯金が多い口座を登録したほうが審査に通りやすい』というものがあります。 要は銀行口座残高が多ければ審査に通りやすく、口座残高が少ないと審査に落ちにくいので、審査が不安な人は口座残高を増やしてから申込をしなさいよ…というアドバイスのことですね。 口座残高が多い:審査に通りやすい? 口座残高が少ない:審査に落ちやすい? 今回はこの点について詳しく解説してみたいと思います。 カード審査における口座残高について: グループ企業でもなければ見せるはずがない: グループ企業ならば可能なケースも: 審査に不安なら銀行で申込を: 参考リンク: カード審査における口座残高について: グループ企業でもなければ見せるはずがない: まず、この点については、まぁちょっとよく考えてみればわかりますが、
2015年7月14日 at 5:44 午後 3件のコメント この度 日本マイクロソフト株式会社に、テクニカル・エバンジェリストとして、7/11(土)(初出社は 7/13(月))付けで入社しました。 皆様、これから、どうぞ宜しくお願いします。 私の日本マイクロソフトでの役割は、簡単に申し上げるならば、 「Microsoft Love OSS !!」のメッセージを日本全国の開発者・運用者の皆様にお届けすることです。 マイクロソフトといえば、何と言っても、Microsoft Windows, Office といった製品を一番最初にイメージされる方が多いかと思います。私も入社前、少なくとも5年~8年前までは、そのイメージしかありませんでした。当時 は、今までのキャリア(Unix, Java)から転職先として考えることは難しかったかと思います。 そんな私が、今年、新しく変わった(変わろうとしている)
最近、誹謗中傷と批判を区別できずに「オレを批判するな!」といった意見をよく見かける。 しかし「これは素晴らしい」「いいね」ばかりのコミュニケーションが果たして健全なのか。 具体的に考えてみたい。 ※話題としては飽きてるんだが、最近、あまり荒ぶってないのでたまには 自分の低俗さを晒すだけの批判記事が多いですね。 【前回までのあらすじ】 先日、ミニマリストマンセーな記事が燃えた。 22歳のid:iyashikei-danshiと名乗るアカウントが書いている「「大切」を大切に。」が擁護記事を投下。 しかし公開した記事が、幾つかのブログから批判を受け、TWITTERに鍵をかけた。 批判された記事を運営に「誹謗中傷を受けている」と訴え、きょうもえ氏の記事とdobonkai.hatenablog.com この会長の記事に対し削除や非公開を求めた。 (きょうもえ氏は、まぁ、なぁ……毒蝮三太夫だから) さ
第78回毎日映画コンクールのアニメーション部門、ドキュメンタリー部門の作品を募集します。 アニメーション部門の最優秀作品は「アニメーション映画賞」、芸術的・実験的に優れたアニメーション作品は「大藤信郎賞」、ドキュメンタリー部門の最優秀作品は「ドキュメンタリー映画賞」として来年1月に発表、2月に表彰します。 2023年1月1日〜12月31日までに完成もしくは上映したアニメーション映画、ドキュメンタリー映画。ただし、アニメーション部門は、制作目的がテレビ用のみの作品は除く。ドキュメンタリー部門は、制作目的がテレビ用のみの作品や上映時間が5分未満の作品、外国語版の作品は除く。 応募フォームに必要事項をご記入の上、下記3点を毎日映画コンクール事務局までお送り下さい。 ①作品DVD5枚(Blu-rayを除く) ファイナライズ済みのもの。映像作品の画面比率は「16:9」で設定して下さい。 比率が「4:
任天堂の代表取締役、岩田聡さんが亡くなられたというニュースを見て、非常にショックを受けています。あまりにも偉い方になられていたので、もう長年お会いしたことはありませんでしたが、引退されたら久しぶりに昔話でもしに遊びに行こうと思っていたからです。 岩田さんに初めてお会いしたのは、1982年の8月だから33年も前のこと。岩田さんが23歳の新入社員だった時代です。 高校2年生とプログラムを共同開発 高校2年生だった私は、夏休みを使って当時のパソコン、NECのPC-8001用にサウンドボードを開発し、それを駆動するためのプログラムを作ったのです。自画自賛ですが、とてもよくできたので、雑誌で見かけた会社に連絡をし、買い取ってもらえないか交渉をしていました。 5社ほど面談に行った会社の中で、第一希望だった会社がHAL研究所。5~6人の小さな会社で、そこで対応してくれたのが岩田さんでした。 結果的に、H
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く