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ブックマーク / ohnosakiko.hatenablog.com (10)

  • 葬式ビジネス - ohnosakiko’s blog

    6月末に義母が急死し、仏式の葬儀を上げた。初七日を葬儀の日に行い、翌週から七日ごとにお坊さんが来てお経を上げている。夫の実家にいるのは義父一人なので、いつも私が同席する。 毎回、お経のを手渡され、「はい、では11ページを開いて下さい。3回繰返します」「次、15ページです」とお坊さんが言うのに従って般若心経を唱えるのにも、だいぶん慣れてきた。 それはいいのだけれど、この1ヶ月、些細だがちょっと面倒くさい問題が持ち上がっている。 自分や夫の葬儀をきっちりやってほしいと思っていたらしい義母は、近くの葬儀会社の会員になっていた。そこに段取り等を相談して、どこのお寺に頼むかという話になった時のこと。義父の家は浄土真宗。 「このあたりは浄土真宗のお寺は少ないし、いろいろと細かいことが面倒なので、わりと融通の利く臨済宗ではどうか」と葬儀会社の人に言われて、義父は(の実家は臨済宗だし)「まあいいか」と

    葬式ビジネス - ohnosakiko’s blog
    T-3don
    T-3don 2014/08/02
    葬儀は遺族のために行うものだと思うが、一方自分の葬儀を自分であげる訳には行かないから頭を悩ませるのは常に他人の葬儀だというこの構造的問題。おまけに、突然に決断や出費を強いられるのは確率的に高齢者。
  • 野蛮な食べ方 - ohnosakiko’s blog

    30歳を過ぎるまで、カラスミというものをべたことがなかった。そういう珍味が世の中にあることも知らなかった。 結婚して数年経った頃、お歳暮かなんかで九州の人からカラスミを頂いた。 「なにこれ」 「カラスミ。ボラの卵巣を塩漬けにしたやつ。ったことないか」 「ない」 「酒のあてに最高だぞ」 「へえー(ワクワク)」。 薄くスライスして皿に並べた。見たとこ奈良漬けそっくりだ。なんかパッとしないべ物だね。しかし一切れ齧ってみると‥‥ナニコレウマイ! 日酒を飲みながら「おいしいねー」と喜んでカラスミを口に放り込んでいたら、「おいおい」と夫に咎められた。 「そうパクパクうなて。奈良漬けじゃないんだから。これ、幾らするか知ってるか」 「知らない」 「五千円はする」 「えっ、そんなに」 「チビリチビリとべるもんなの、こういうのは。パクパクうもんじゃないの」 そうなんだ。 滋賀の人から鮒寿司が送ら

    野蛮な食べ方 - ohnosakiko’s blog
    T-3don
    T-3don 2014/01/22
    長嶋式スイカの食べ方:1適当に切ったスイカの真ん中部分に噛み付きます。2吸います。3以上。まあ真偽不明だけれども。/粋と旨いは別軸の評価だよ?
  • ネットの悪口が恐いクリエイター - ohnosakiko’s blog

    ネットに悪口を書き込むヤツらに反応することはいかに不毛な行為なのか?|オモコロ特集 この中で少し驚いたのは「最後に」のところ。 今回、このようなブーメラン記事を書こうと思ったのは、最近、立て続けに「創作活動がしたいけど、悪口を言われるのが怖いから何もできない」という若手クリエイター達に会ったからです。 正直、驚きました。 僕自身は、ネットの悪口なんて便所の落書きみたいなもんだし、野良犬がキャンキャン吠えているようなもんだと思えばいいじゃんという考えなのですが、そのことを伝えると、「いや、便所に悪口書かれていたら傷つきますよ。それに、野良犬に吠えられたら怖いし」と言われて、たしかにそうかもしれないと妙に納得してしまいました。 「批判を恐れているようなやつは創作する資格などない!」という意見もありますが、その考え方自体、古いのかもしれません。 これだけ社会にインターネットが浸透していれば、昔よ

    ネットの悪口が恐いクリエイター - ohnosakiko’s blog
    T-3don
    T-3don 2013/10/15
    こういった感覚の何割かは要するにジェネレーションギャップで、もとより共感できないんじゃないかと思い始めてる。人生の最初からネットコミュニケーションに腰まで漬かっていた人の感覚、なんじゃないかと。
  • 「寛容」という言葉 - ohnosakiko’s blog

    人が失ったのは「寛容」ではなく「身内」では? - シロクマの屑籠(汎適所属) 「昔の日人が寛容だった」というのはあくまで「身内」に対してであり、かつてのような地域社会の密接な人間関係が崩壊した結果、「身内」と呼べるような相手がいなくなったのと同時に、「寛容」に振る舞う契機も失われた(ネットの村コミュニティがそれを代替している)‥‥‥という主旨なんですが。 別にこのエントリ(が言わんとするところ)への反論ではないのだけど、「寛容」という言葉の使い方が気になった。 SNSなどネットのコミュニティに参加する人の多くが求めているのは、「触れ合い」じゃないかな。その副産物としてあるのは、「寛容」と言うよりむしろ「(被)承認」じゃないかな。 そもそも異質な者を排除した「身内」に対する「甘さ」を、果たして「寛容」と呼べるのか?という疑問がある。 「寛容」という言葉は、英語のtolerationを訳

    「寛容」という言葉 - ohnosakiko’s blog
    T-3don
    T-3don 2011/02/16
    寛容考。個人的には虎屋の黒糖効いてるのが好き。
  • 図工の時間は楽しかったですか? - ohnosakiko’s blog

    (※追記あり) Togetter - 「「絵の描き方」を習った覚えがないよ」 はてなブックマーク - Togetter - 「「絵の描き方」を習った覚えがないよ」 はてなブックマーク - はてなブックマーク - Togetter - 「「絵の描き方」を習った覚えがないよ」 はてなブックマーク - はてなブックマーク - はてなブックマーク - Togetter - 「「絵の描き方」を習った覚えがないよ」 はてなブックマーク - はてなブックマーク - はてなブックマーク - はてなブックマーク - Togetter - 「「絵の描き方」を習った覚えがないよ」 義務教育の図画工作、美術の時間に絵の描き方を習っていないという話は最初の方だけで、途中から学校教育全体の話になっていたが、ブックマークコメントは「絵の描き方教わったよ」「教わってないよ」話が多く、そのせいかブクマが伸びた。 「絵の描き

    図工の時間は楽しかったですか? - ohnosakiko’s blog
    T-3don
    T-3don 2010/11/04
    義務教育における図画工作・美術の授業がかかえる様々なジレンマについて。結論:大変。/図工は超苦手だったけど授業は楽しかった。そして振り返って見るに、音楽や書道と比べても何も身についてないな、と。
  • 男であることのストレス - ohnosakiko’s blog

    男女論になるとよく「主語が大き過ぎる」という指摘が出る。「男とは」「女とは」という語りによって、現実には多様な男や女を一括りにしている、一般化してしまっているという批判だ。「私はここには含まれない」「こうじゃない人もいる」という意見も時々出る。 そういうことを言われるたびに、「男とは」「女とは」と言っただけで何故「すべての男」「すべての女」を指していると思うのだろうと疑問をもつ。生物学的な意味での男/女に必ず共通しているのは、それぞれ男性/女性の身体を持っている、ということだけだろうにと。 「男とは」を例にとってみよう。「男とは」話で言われるところの「男」は、文脈によって二種類ある。 一つは、「多くの男は」「男の全体的な傾向として」という話だ。大抵は「女の全体的な傾向として」という話と比較するために書かれる。そう書くだけのサンプルや統計資料、それに準ずるものがあり、尚かつ例外はあるに決まっ

    男であることのストレス - ohnosakiko’s blog
    T-3don
    T-3don 2010/05/30
    「男とは」って、全ての男性じゃなく男性の「傾向」を指す、と普通に思うが↓普通でもないのかね?/主語の大きさより、適切さが問われる。性差で切り取る視点が有効かどうか。って別に文句がある訳じゃないですが。
  • 「不道徳」な星の下に生まれついた私たちへ - ohnosakiko’s blog

    ※タイトルはこっちのコメントのやりとりからヒントを得ました(レタ田さん、ども!) はじめに、前回のエントリで「悪」という言葉を使ったら「何故ポルノが悪なんだ」「善悪で考えること自体がおかしい」といった意見がブコメなどで結構見られたので、再度(再々度)説明する。 引用元記事コメ欄で、ブログ主は「良心」という言葉を使っている。これは彼女の一連の主張の中核にある重要な言葉だ。「良心」を問うからには「善」と「悪」が想定されているはずなので、記事を書くにあたってその論法に乗った。フム、こう考えれば「悪」になるな、あえて「悪」としておくことが次で効いてくるんだな‥‥と読んで下さった人、ありがとう。エントリでなんとか回収を試みます。 この話の行き着く先は、性欲とは何か? 理性ある社会的人間と性欲や性愛との関係はどうなっているのか?という一点に集約されると私は考えている。 ここでは表現規制に賛成か反対か

    「不道徳」な星の下に生まれついた私たちへ - ohnosakiko’s blog
    T-3don
    T-3don 2010/04/25
    性と道徳と社会とタブー。分析と言うよりむしろ前提条件か。/自然信仰やニセ科学と絡めて読み解いても面白そう。地下で眠りそうだけど。
  • 「内心」は不自由だし、ポルノを楽しむのは「悪」だ - ohnosakiko’s blog

    アンドロイドの人権と神さまとセカンド・レイプ - はてこはだいたい家にいる 「内心の自由」を巡ってのコメント欄の混乱が、ブコメにも波及している。 「内心の自由」とはもともと、憲法19条の「思想及び良心の自由」を下支えする概念だ。戦前の国家の思想統制に対して出てきたもので、他者の人権に抵触しない限りにおいて最大限保障されるべきことになっている。 従って「内心の自由は保障されている」と言わねばならない局面とは主として、思想及び良心の自由が国家あるいはそれに準じる権力装置によって侵害されそうになった時だろうと思う。 冒頭で引いた記事及び一連の記事の内容は、ポルノの人権侵害と「良心」を巡る議論の一つである。レイプものなど被害者が見たら傷つくであろう性的ファンタジーを、語るだけでなく、楽しんでいることへの疑義が示されている。 一連の議論を追いかけている人ならわかるはずだが、最後の一文はAntiSep

    「内心」は不自由だし、ポルノを楽しむのは「悪」だ - ohnosakiko’s blog
    T-3don
    T-3don 2010/04/23
    次に期待大。しっかし、サスペンスとか戦争物とか。このレベルで誤読されると、読めない事を競う新しいスポーツかと思うわコメント欄。
  • ナツ氏と高橋氏のブコメ議論を追ってみた - ohnosakiko’s blog

    お答え - シートン俗物記についたブクマタワーが、id:NATSU2007氏とid:NaokiTakahashi氏のやりとりによってどんどん高くなっていくのを見ていたが、収束したようなので改めて最初から順に追い直してみたいと思った。 既に一方の論者であるナツ氏がこの長いやりとりについて、「「男は女を欲望する」という抑圧」という詳細な解説記事を、それに対して高橋氏も「なるほどね。」という記事を上げていて、比較するとすれ違いっぷりが更によくわかるので、傍観者が今更追うのはなんだか間が抜けているんだけどまあいいや。私の感想は最後に。 以下、二人の発言+その内容に絡んだ第三者のコメントをピックアップし(17日am1:00現在のもの)、時系列順に並べ直した。こういう場合、元記事を1階、ブクマページを2階と数えるのだろうか? よく知らないがここではそういうことにしとく。 2階 (34users) NA

    ナツ氏と高橋氏のブコメ議論を追ってみた - ohnosakiko’s blog
    T-3don
    T-3don 2009/12/17
    最後の3行が少々意図不明。簡単だから何だというのだろう?/簡単ならやりゃいいじゃん。やらないのは何故?ってゆー議論は筋悪だとブログ主さんは考えていそうだけど/説明ありがとうございます。確かに難しい問題。
  • 「スピリチュアル!」だったからどうだというの?あるいはよしもとばなな最強伝説(y_arimさんへのお返事に代えて) - ohnosakiko’s blog

    id:y_arimさんの一連の記事「【ばなな居酒屋問題?】『人生の旅をゆく』を読んでみた【勝手なことぬかすな!】」(前編、中編、後編)にブコメをつけたら御人からidコールでお返事を頂いたのだが、メタブコメで言いきれなかったのでエントリを立てることにした。 ブコメのやりとりをしているのは、前編の記事について。記事の中程には「いったいいつの出来事なのかというのがまったく気にされず、かつ、まさに今このときの問題であるかのように扱われていること、そういう風に扱ってしまえる、おそらく来の読者でもねェ連中の無造作な手つき、そういったものがおれにはとても気色悪く感じられるということが言いたい。」とある。 y_arimさん人のブコメ みんなこれ、無意識のうちにごく最近のことと思っていたんじゃね? 何年も前の話だぞ? というはなし。 私のブコメ 3、4年前のことだったとわかって、印象がガラリと変わるタ

    「スピリチュアル!」だったからどうだというの?あるいはよしもとばなな最強伝説(y_arimさんへのお返事に代えて) - ohnosakiko’s blog
    T-3don
    T-3don 2009/08/23
    ”今なら問題あるが3~4年前なら反感は買わない話だと思えるのだろうか”そう?格差拡大と連関させた分析も結構目にしたけど。/そもばななの行動を責める、という発想がないからなぁ私には。非常識とさえ思わない。
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