「大学の非常勤講師の窮状を知ってほしい」。こんな声が生活部に届いた。大学教育を支えているのに、生活を満足に支えられない収入に甘んじ、厚生年金をはじめ社会保険にも十分に加入できない。授業中の講義室以外に大学に居場所もなく、常に雇い止めの不安を抱える不安定な立場だという。 (稲田雅文) 「学生も先生が週一度のパート労働者だと思っていないと思います。実情を話すわけにもいかない」。関西地方でフランス語やフランス文学を教える非常勤講師の五十代男性は自嘲気味に話す。 男性は関西の公立と私立の三大学で九十分間の授業をそれぞれ一週間に二コマ、計六コマを受け持っている。報酬は一コマ当たり月二万五千円、一回の授業だと六千円を上回る程度。あとは交通費が出るだけだ。年収は二百万円に届かず、上がる見込みもない。
日本で四番目の国立博物館として、二〇〇五年にオープンした九州国立博物館(福岡県太宰府市)。開館から館長を務める三輪嘉六さん(73)を訪ねたのは、未曽有の大震災が東日本を襲った四日後の十五日。国宝の瑞巌寺(宮城県)の壁にひびが入るなど、文化財への被害も少しずつ明らかになり始めていた。 十六年前の阪神大震災。当時、文化庁美術工芸課長として「文化財レスキュー事業」に携わった。倒壊した建物から美術品などを救出するのが目的で、文化財の保存・修理に取り組む多くの専門家が“レスキュー隊”として参加した。 「みんなボランティアだった」ときっぱり。「前例のない活動で方法論もなく、難しかった。彼らの身分をどう保障するか。下手すれば火事場泥棒にも間違われかねない中、誰もが迷いながら動いていた」と振り返る。ただ、こうした経験は、ボランティア、つまり市民の力に新たな可能性を見いだすきっかけとなった。
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く