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左右に関するatawiのブックマーク (6)

  • 世界を上下に分けて下に味方するのが左翼、世界をウチとソトに分けてウチに味方するのが右翼 - モジログ

    昨日のエントリ「右翼(国家主義)と左翼(社会主義)は反対概念ではなく、独立概念である」に対するはてなブックマークのコメントで、経済学者の松尾匡(ただす)氏による「右翼と左翼」の用語解説にリンクがあった(bando_alphaさんによる)。 松尾匡のページ - 用語解説:右翼と左翼 http://matsuo-tadasu.ptu.jp/yougo_uyosayo.html <世界を縦に切って「ウチ」と「ソト」に分けて、その間に質的な対抗関係を見て、「ウチ」に味方するのが右翼である。 それに対して、世界を横に切って「上」と「下」に分けて、その間に質的な対抗関係を見て、「下」に味方するのが左翼である(図1)>。 <ところがややこしくなるのは、まずもって、右翼も左翼も自分の切り分け方を当然の土俵のように思い込んで、相手との対抗軸を組み立てていることにある。お互い敵である相手が、自分と同じ切り

  • 惑星開発大辞典 : ブンガク

    ●ブンガク 普段から「知性派」で「文芸キャラ」で「インテリ」な方々は当然御存知でしょうが(笑) 言論界では「左翼」を「サヨク」と書くことがある。 この出典は島田雅彦の小説「優しいサヨクのための喜遊曲」から取られている。 なぜ「左翼」ではなくて「サヨク」なのか。 当時「左翼」といえばマルクス主義でしたが、この島田雅彦が登場した頃は、一時期大流行だったこの「マルクス主義」もソ連や中国のあんまりと言えばあんまりな社会状況が広く知られるようになり、すっかり威光が薄れていました。 そんな情況(今とあまり変わらない情況・・・要するに「政治の季節」が終っていたということです)で左翼的な運動(日で「市民運動」なんてやるのは9割5部宗教か左翼なのですが)を続ける学生っていうのはどういう学生だったかというと、決して「マルクス主義さえ導入すれば社会はみんなうくいく」なんてことを気で信じて

  • あのネタには絡まない方がいい。整理するだけ徒労。 まず前提は、曾野綾..

    あのネタには絡まない方がいい。整理するだけ徒労。 まず前提は、曾野綾子が政治的に右派で、保守的なばーさんだということ。保守的な作家が保守系の産経新聞に書いたテキストを、良く言えばやや極端に、悪く言えば意図的に誤読するところから議論が始まってるわけ。 http://d.hatena.ne.jp/manysided/20091129 曾野綾子の議論で問題になりそうなのはこういう部分。題は「用心するということ」。 基的な行動の自由と、自衛の手段を講ずることとは、全く別の次元である。というか、行動の自由を口にするなら、十分すぎるほどの用心や、世界的常識を学ぶことができなくてはならない。 太ももの線丸出しの服を着て性犯罪に遭ったと言うのは、女性の側にも責任がある、と言うべきだろう。なぜならその服装は、結果を期待しているからだ。性犯罪は、男性の暴力によるものが断然多いが、「男女同責任だ」と言えるケー

    あのネタには絡まない方がいい。整理するだけ徒労。 まず前提は、曾野綾..
    atawi
    atawi 2009/12/07
    今回はもうげんなりするばかりだった。コミュニケーションってなんだろうね?
  • なぜ右翼には低学歴と低所得が多いのか[改題:プロレタリア型右翼]

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  • 福島みずほさんと会う - 内田樹の研究室

    福島みずほさんと対談したはずなのだが、ブログに何も書いていないのは「何か」あったのでしょうか、というお訊ねメールが届いた。 このメールの背後には「事変」を望む無意識的欲望が何となく感じられるのであるが、福島さんとの対談はたいへん愉快なものでありました。 昨日のブログは小田嶋さんの話だけで長くなりすぎたので、「続きは明日」だったのである。 それにしても、赤プリで小田嶋さんと会ったあとに、永田町で福島さんと会うというのは、かなりストレンジな取り合わせではある。 ともあれ、私のふだん出入りするところではない参院議員会館に行って、「月刊社会民主」というコアな(と申し上げてよろしいであろう)刊行物のために社民党党首と対談をすることになった。 ご存じの通り、私は「異業種の人」と話をするのが大好きである。 その話のコンテンツよりは、その「語り口」から学ぶところが多いからである。 ウィキペディアの福島さん

  • ただのサヨクとただのウヨクと - よそ行きの妄想

    一昨日、昨日と続く三部作(笑)*1の完結編にあたるとか。あたらないとか。 ■ただのサヨク 理想を描き、それを語ることにオリエンテッドな人たち。彼らにとって現実とは、理想を語るための題材でしかない。うっかり実現可能性などの尺度で彼らの理想にケチをつけると、決して交わらない議論が巻き起こったりする。場合によってはお腹を壊す恐れも。 用例:「ただのサヨクは現実の話に首を突っ込むな。」 ■ただのウヨク 今あるものの強度をどんどん高めていくことにオリエンテッドな人たち。現実がすべてで、弱者と言う結果に冷淡。資主義とか大好きで、口癖は「お前らだって資主義の恩恵を受けているんだ。」とか。マッチョ病と併発すると厄介。 用例:「ただのウヨクだから未来の話なんかしない。」 この図式の盲点はたぶん「可能性」。 はてブのタグとかにもどうぞ。 ■追記 と、書くとふざけてるように思われそうなので、念のため真面目に

    ただのサヨクとただのウヨクと - よそ行きの妄想
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