松尾さんの新著をめぐって変に盛り上がっているのでお蔵出し。 何らかのネタの提供になるだろうか。 これと『教養』第7章を読んでいただければ、ぼくが疎外論的マルクス主義それ自体には割と批判的――正統派レーニン主義にもそれなりの事情があったし、その問題点が疎外論で克服できたわけでもない――と考えていることはお分かりになるでしょう。ただそれと今回の松尾さんの本の評価とは、関係はあるが別の問題なわけだけど。(ていうかまだ読んでないし。) しかしこれを山形は全く知らないだろう70年代頃までの新左翼系の疎外論だの物象化論だのといったややこしい論争まで引っ張り起こしていじりまわすといったいどうなるのやら……(松尾さんには廣松渉批判の論文もあったな。廣松の「マルクス主義」がすでにマルクスから離れた別物であったというのは間違いじゃないだろうけど)。 ==============================
ネオナチといってもいろいろあります。 いわゆる「あのころは良かった」というナチス残党組と 失業者を中心とした外国人排斥思想組、若者を中心とした白人至上主義組等ですね。 日本の場合は移民自体が少ないために外国人排斥活動は見かけませんが 若者を中心とした弱者排斥思想は日本でも同じです。いじめや浮浪者刈りは その典型ですよね。こうして現状に対する不満を外国人や弱者にぶつけるのが 最近のネオナチであり、その大義名分がナチスの政策なんです。 なので単にヒットラーが好きという理由のネオナチは少数派なんですね。 アメリカの有名なネオナチ指導者なんて父親が黒人に殺されたからという 理由でネオナチの活動家になっただけですしね。 御主人が立派なネオナチなら華僑が経営する中華レストランや在日朝鮮人が 経営する焼肉屋への破壊活動は当たり前に実践しているはずでしょう。 そういうことをしないで家でヒットラー最高といっ
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