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2011年4月18日のブックマーク (5件)

  • 10代でそんなに読むことはないよ - finalventの日記

    はてなブックマーク - 10代で読んでいないと恥ずかしい必読書 - その1 - PictorialConnect ⇒10代で読んでいないと恥ずかしい必読書 - その1 - PictorialConnect とかいいながら、けっこうこれらは私は10代で読んだな。背伸びしたいころであった。 プラトン『国家』 これは存外に面白いなんだが、いろいろと手順みたいのが必要なんで、「プラトン入門 (ちくま新書): 竹田 青嗣」を先にきちんと読んでおいたほうがいい。 アリストテレス『ニコマコス倫理学』 れいのサンデル先生というかコミュニタリアンで再評価されつつある。現代的な文脈でいうなら、サンデル先生の説明をきちんと理解するだけでよいと思うよ。 ⇒[書評]これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学(マイケル・サンデル): 極東ブログ ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』 これ1

    10代でそんなに読むことはないよ - finalventの日記
  • https://8102.teacup.com/ym/bbs/719

  • エッセイ26

    音は頭から生まれてこない。言葉も頭から生まれてこない。 無駄な音をなくせ。無駄な言葉をなくせ。どうでもいいことにエネルギーを燃やすな。 言葉はいらない。理屈もいらない。歌だけを聴きたい。 わかっていない人は、喋ってもわからない。わかっている人とは、喋る必要がない。 わかるということは直感である。勉強したってわかるものではない。わかるということは知ることではなく感じることである。 もちろん「わからない」という答えもある。 人生は「わからない」だらけでいい。 人に認められて初めて肩書きがつくのであって、自分で肩書きを名乗るものではない。 ジャズとロックとクラシックと歌謡曲とニューミュージックがあるのではない。 じーんとくる歌と、じーんとこない歌があるだけだ。 歌を歌うということは、何も歌を歌うということではない。 話をしたり、笑ったり、怒ったり、ものを書いたり、悩んだり、

    atosakav
    atosakav 2011/04/18
    歌の定義
  • 4.17 山本精一 presents 大ミュージカル "水道メガネ殺人事件"〜すごいロボット宇宙人の世界編〜 /難波ベアーズ - θ

    まったく詳細わからずでしたが、何かで見つけた瞬間に予約したイベント。もうイベント名だけでおもしろそうなんですけど。結局、開演まで誰が出演して、どんなことが繰り広げられるのかさっぱりわからず。タイトルからバックで生演奏しながらのロックオペラとか想像してましたけど、全然違ってました。 開場時間くらいに到着したら、入り口への階段から溢れるくらいの人がいました。今まで何度もベアーズ通ってるけど初めてここまでの人はだった。すごい注目度だと関心した。30分くらい開場押して、中へ。なんとか前の方を確保できました。 ステージには幕が張ってあって、かなりの謎度合い。うっすらドラムセットが見えるから、何か演奏はするみたい。みんなが舞台の様子を観るために「座ってください」のアナウンスがあって、満員の会場で前の方はみんなひしめきあって座ってました。 結局、いろんな人がパフォーマンスみたいなことをして、間でバンドが

    4.17 山本精一 presents 大ミュージカル "水道メガネ殺人事件"〜すごいロボット宇宙人の世界編〜 /難波ベアーズ - θ
    atosakav
    atosakav 2011/04/18
    みなさんレポ書くの早いですねー・・・
  • 池谷石黒ウェブログ 山本精一 presents 大ミュージカル "水道メガネ殺人事件" 〜すごいロボット宇宙人の世界編〜 at Namba BEARS (Osaka)

    この日はNamba BEARSに「 山精一 presents 大ミュージカル "水道メガネ殺人事件" ~すごいロボット宇宙人の世界編~」を観に行きました。 期待通り……と言うか、期待を上回る(もしくは下回る)くだらなさ、完成度の低さ、中身の無さ。しかし、その「面白くなさ」が最高に面白いという、山精一ワールド全開のステージでした。 「星に願いを」の歌詞を全て「水道メガネ」に変えたテーマ曲と、ドイツ人(ドイツ国旗を持ってたので恐らく。但し言葉は外国人訛りの日語と英語)とロボット(15センチ程度の玩具にナイフの模型を貼り付けて、背中から馬の眼前の人参の如く吊るしたもの)の対話シーンをオープニングとエンディングに配してストーリー性を持たせているものの、編はバラバラの登場人物による、脈絡もオチも、台らしい台もないような寸劇と、古い歌謡曲(「おおシャンゼリゼ」「ケ・セラ・セラ」等)のカバー