タグ

ブックマーク / jun-jun1965.hatenablog.com (6)

  • 作家の長者番付 - jun-jun1965の日記

    新聞記事から、作家の長者番付の変遷を調べてみたが、2005年以降、発表されなくなったので、今どうなっているか分からないのは不便だ。死んだら除かれるから西村京太郎ではないだろうが、今は一位は誰なんだろう。〇は初登場。 1965 1,山岡荘八、2,松清張、3,源氏鶏太、4,石坂洋次郎、5,山田風太郎、6,柴田錬三郎、7,川口松太郎、8,水上勉、9,井上靖、10、石原慎太郎、11、司馬遼太郎 1966 1,山岡、2,源氏、3,松、4,谷崎潤一郎、5,川口松太郎、6,柴田、7,司馬 1967 1,松、2,源氏、3,石坂、4,山岡、5,柴田、6,井上、7,〇黒岩重吾、8,石原慎太郎、9,司馬、10、大久保康雄 1968 1,松 2,司馬 3,源氏 4,石坂、5,〇梶山季之 6,谷崎松子、7,柴田錬三郎、8,井上靖、9,黒岩、10,山岡 1969 1,司馬、2,松、3,梶山、4,〇佐賀潜、5

    作家の長者番付 - jun-jun1965の日記
    daddyscar
    daddyscar 2022/04/10
    初登場に○がついてない作家が何人か。小松、筒井、半村はもちろん、栗本、菊池、田中、荒巻は伝奇だの戦記物だのノベルズ人気でわかるんだが、平井和正の名前はないのな。
  • 江藤淳の岳父 - jun-jun1965の日記

    『川端康成伝』(中央公論新社)を書いていて、江藤淳がかなり川端を嫌っていたことを知った。同じ鎌倉に住んでいて、江藤は先輩への礼儀として著書が出ると送っていたが、川端は筆まめな人だから、そのたびに礼状をよこしたが、江藤はいっぺんも返事などを書かなかったという。『犬と私』(一九六六)を送った際、やはり礼状が来て、川端も長く犬を飼っていたので、先日十七歳になる犬が死んで、川端家では三十七、八年ぶりに犬が一匹もいなくなったとあった。江藤は、『文學界』に載った川端追悼文で、その手紙は表装して飾ってあるが、それは川端の手紙だからではなく、犬が懐かしいからだとわざわざ書いている。それは川端追悼特集の巻頭に来た長めのものだが、そこで江藤は、川端批判をしているのである。江藤はそこで、川端の文学は高度大衆社会の文学で、谷崎や志賀、荷風の貴族的な文学とは違っていると書いている。 一昨年死去した、川端研究の代表格

    江藤淳の岳父 - jun-jun1965の日記
  • マジックリアリズム - jun-jun1965の日記

    マジック・リアリズムというのは、事典風に言えば、通俗小説を純文学に見せかけるために考案された技法、というところか。 20世紀半ば、いわゆる純文学は、死滅しつつあった。19世紀の小説の技法はおおかた通俗小説に流用されるようになり、純文学と言えるのは、前衛小説か、私小説くらいしかなくなっていた。そこへ、フォークナーの『アブサロム、アブサロム!』の亜流としてガルシア=マルケスの『百年の孤独』が出てきたものだから、人々は飛びついたというわけだ。いや、出版社などは、通俗小説でも良かったのだが、ちと良心が痛む。いくらかは「純文学」を尊重しているふりもしなければ、外聞(誰に対して?)が悪い。かといって、前衛や私小説は売れない。で、この路線なら、読者をたぶらかして、そこそこ売れるだろうと見込んだわけである。 フォークナーの「サーガ」の技法に、ラテンアメリカ的な諸要素で味つけがされて、エスニックな味わい

    マジックリアリズム - jun-jun1965の日記
    daddyscar
    daddyscar 2012/12/31
    だからどうした。
  • 栗原さんと枡野さんと豊崎さんへ - jun-jun1965の日記

    ツイッターでもめていたのを、栗原さんと枡野さんにはメールしたのだがどうしても埒が明かないので、ここでまとめて声明としておきます。 まず私は、前から「論者と論点を混同しない」ということをモットーとしておる。Aの言ったことでaはいいがbは良くない、と分別するわけである。それはまあ、当然のことだ。 さて私は、豊崎由美さんの書いたものをそうよく読んでいるわけではないが、「悲望」や翻訳『エンジェル』を褒めてくれたし、恩義は感じていた。しかし、渡辺淳一や石原慎太郎を攻撃するのがどうも一調子で、かつある種の「俗情との結託」だと感じていた。渡辺淳一に関しては、『失楽園』の頃つまり97年ころ、高橋源一郎が『文學界』あたりで批判していたと記憶するし、石原に関しては、都知事就任の頃から、イデオロギー的な批判が数多かった。 だが、この二人のせいで、芥川賞や直木賞の選考がおかしくなっているなどということはないので

    栗原さんと枡野さんと豊崎さんへ - jun-jun1965の日記
  • 戦後文学者チャート - jun-jun1965の日記

    ふと思いついて、こんなものを作ってみた。もちろん位置は暫定的なもので、政治的左右についてはっきりしている人もそうでない人も、前期と後期で変わった人もいるし、私小説云々についてはさらに分からないので暫定である。もっとも気づくのは、右側の上と下がくっきり分かれている感じであることで、右下は「志賀直哉-小林秀雄」派、右上は福田恆存-三島由紀夫派とでも言おうか。 字が小さくて見えないようなので、後日何とかします。 http://homepage2.nifty.com/akoyano/chart.png ↑ ここから大きいのがとれるみたいです。 - ところでいつも思うことで、言ってもいるのだが、書評などを仕事にする人は、見ているとむやみと新刊を読んでいるが、いったいいつ古典的作品を読むのだろう。それとも、古典的なものは若いころにみな読んでしまったのか、あまり読んでいないのか。私など、古いものを読むの

    戦後文学者チャート - jun-jun1965の日記
    daddyscar
    daddyscar 2010/04/05
    画像ちっちぇー。もっと大きい画像でください。
  • 「卑怯者」と「戦略」 - jun-jun1965の日記

    かつて荷宮和子が2ちゃんねるを批判した際、2chでは「貧乏人」という罵り言葉がない、ねらーがみな貧乏人だからだとした。半分くらいは当たっているが、むしろ徹底的にないのは「卑怯者」という罵り言葉だろう。そりゃそうだ、みんな匿名でガチャガチャ言っているのだから。 さて、『人でなしの経済理論』の訳者・山形浩生によるあとがきに、日の反禁煙の言論は全般的に知性が低い、と書いてある。で、具体的にどれがどう、と言わないのがまさに「卑怯」なのだが、おそらく山形は「戦略」のことを言っているのだろう。そんな真正面からファシズムだと騒いでもダメだよ、戦略を樹てろよ、ということだ。 しかし、このに書いてあるようなトレードオフ理論を禁煙、嫌煙派に示して説得することは、ほぼ不可能だろう。 「戦略」という言葉は、2000年前後に宮台真司がよく使っていたが、それは要するに宮台のが売れる戦略でしかなく、売春防止法の見

    「卑怯者」と「戦略」 - jun-jun1965の日記
    daddyscar
    daddyscar 2009/12/18
    駅前の書店にいたら、老人が入ってきてレジの女性に「英語読めますか」といきなりおぼつかない言語で訊いている。かなりの老人で、何かと思ったら、英語のメールが来て読めないので読んでほしいということらしい。
  • 1