エントリーの編集
![loading...](https://b.st-hatena.com/bdefb8944296a0957e54cebcfefc25c4dcff9f5f/images/v4/public/common/loading@2x.gif)
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
記事へのコメント1件
- 注目コメント
- 新着コメント
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
![アプリのスクリーンショット](https://b.st-hatena.com/bdefb8944296a0957e54cebcfefc25c4dcff9f5f/images/v4/public/entry/app-screenshot.png)
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
パイのパイの実 : 埼玉考現学
ロッテの「パイの実」の新CMに アメリカの南北戦争当時の行進曲 「ジョージア・マーチ」が使われてい... ロッテの「パイの実」の新CMに アメリカの南北戦争当時の行進曲 「ジョージア・マーチ」が使われています。 というか、大正時代の流行歌「東京節」の メロディといった方が分かりやすいかもしれません。 「東京節」の歌詞は大正7年、 演歌師添田唖蝉坊の息子、添田知道が作りました。 唖蝉坊の「フライ、フライ、カレーライス、 ソーダミルクにカフェ、ナフキン」が 知道によって、デタラメが「ラメチャン」になり パイが「パイノパイノパイ」になって 「ラメチャンタラ ギッチョンチョンデ パイノパイノパイ パリゴトパナナデ フライ フライ フライ」となりました。 新CMは囃し部分が替え歌になっています。 「うまさったらチョッコラチョッて パイのパイのパイ チョコチョコ トロリンチョで パイのパイの実」に。 「東京節」は、のち第1次世界大戦後に 同じ知道により替え歌の「平和節」ができ 雑誌とのタイアップで唖蝉坊が
2011/09/01 リンク