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ぼくのメジャースプーン - 雑記帳
1年くらい前に書いた読書録*1。 これは、交換可能性の話、だ。法哲学的に語ろうと思えば結構深くまで行... 1年くらい前に書いた読書録*1。 これは、交換可能性の話、だ。法哲学的に語ろうと思えば結構深くまで行けるはず。そして、目指す先は稲葉振一郎と同様に、サブカルチャーの現実世界への着地、なのだろう。 辻村深月の最初の作品、『冷たい校舎の時は止まる』は世界観は良く出来ていたものの「よくできたライトノベル」の域を出てはいないと思った。が、『凍りのくじら』で展開されたSF(少し、不思議な)話に圧倒されて以降、この著者に対する印象は180度変わってしまった。『凍りのくじら』でドラえもんを主題にSF論を展開した著者にとって、ドラえもんは「別の世界で起きた自分には全く関係の無い御伽噺」ではない。『凍りのくじら』でドラえもんの様々な道具たちは、稲葉振一郎の言葉を借りれば、「もしかしたらあり得たかもしれない自分の(可能世界の)話」として消化されていく。現実逃避であるとか、格差社会の隠蔽だとか言われてしまうアニ