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他者について考えるとき読んでほしい本 2/3『自分自身を説明すること ― 倫理的暴力の批判』 - 蒸散する物語
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雑記 | 00:41 | 先日、ゼミで学部生の発表を聞き、いつもと同じ違和感を感じました。基本的には同じ研究... 雑記 | 00:41 | 先日、ゼミで学部生の発表を聞き、いつもと同じ違和感を感じました。基本的には同じ研究室に所属しているわけですから、研究室のメンバーの問題意識は、ある程度共通性を持っています。ただ、それをどう解決していくか、その手段や方向性はさまざまに異なります。特に共生倫理をテーマにしている人々の発表を聞いていて思うのは、共生という言葉に対して抱いているイメージがぼくとはかなり異なっているなあ、ということです。問題はふたつあります。ひとつは、共生すべき人びととは誰なのかという点。そしてもうひとつは(先の問題ともつながっているのですが)そもそも人類に普遍的な本質(いわゆる「人間性」と呼ばれるもの)があるのかどうかという点です。基本的に彼らの主張には、共生とは身近な関係から始まるということ、そして人類にはある種の(善や正義の希求といった)普遍性があるということが暗黙的に了解されているよ