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「とんでもない投手になるか、どこかでつまずくか…」藤浪晋太郎の戦力外で振り返る…元敏腕スカウトが「高校時代に感じた」“ある懸念”とは?(安倍昌彦)
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「とんでもない投手になるか、どこかでつまずくか…」藤浪晋太郎の戦力外で振り返る…元敏腕スカウトが「高校時代に感じた」“ある懸念”とは?(安倍昌彦)
小倉高、早稲田大、大昭和製紙と左腕投手として名門チームを渡り歩き、1972年からのヤクルトの10年間で... 小倉高、早稲田大、大昭和製紙と左腕投手として名門チームを渡り歩き、1972年からのヤクルトの10年間で、358試合1508と3分の1イニング投げて93勝をあげ、特に、75年からの4年間にはトータルで62勝。 先発だけでなく、中継ぎ、抑えとしても登板して大車輪の投球。173cmと当時としても小柄な体躯での大奮投から、「小さな大投手」とも称された。ファンの中には、漫画『がんばれ!!タブチくん!!』に登場する「ヤスダ投手」というコミカルなキャラとして思い出される方も多いのではと思う。 「敏腕スカウト」だった安田氏 安田投手は現役引退後、コーチを10年、スカウトを3年歴任し、スカウト当時には、こんな逸話があった。 関東地方の何県かを担当することになった安田スカウト。普通なら強豪校だけでよさそうなところを、県内すべての高校野球部へ足を運んで、新任の挨拶をし、練習を視察した。 【次ページ】 投手として

