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時代劇では一年中着ているが…近藤勇も土方歳三も本当は「新選組の浅葱色の羽織」を着なかった意外な事情
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時代劇では一年中着ているが…近藤勇も土方歳三も本当は「新選組の浅葱色の羽織」を着なかった意外な事情
この時の彼らの名称は「浪士組」。元・庄内藩士の浪士・清河八郎が結成させた14代将軍・徳川家茂の護衛... この時の彼らの名称は「浪士組」。元・庄内藩士の浪士・清河八郎が結成させた14代将軍・徳川家茂の護衛を目的とした約250名からなる集団でした。 しかし15日間の旅を終えて京都に到着した瞬間、清河が「われわれは家茂公ではなく天皇を守るための軍である!」と言いだしたので大紛糾。 この時、ブチ切れたのが近藤勇でした。近藤は多摩の農民の生まれながら「天然理心流てんねんりしんりゅう」という剣術の流派を掲げた道場「試衛館しえいかん」に養子に入り、26歳の時に、「不美人は貞淑ていしゅく」――「ブスは身持ちが堅い」という驚愕の理由で、顔に痘痕あばたのある女性・つねと結婚。 「たま」という一人娘も授かっていた30歳の近藤にとって、浪士組へ参加したのは人生を懸けた挑戦だったのです。 しかも近藤は道場の仲間たちを引き連れていました。同行者には土方歳三(29歳)、沖田総司おきたそうじ(22歳)、永倉新八ながくらしん

