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名軍師孔明が見通せなかった「予期せぬ成功」のワナ
諸葛亮は政治家として超一流でも武将としては及第点 諸葛亮が、軍事指導者としては司馬懿には劣ることは... 諸葛亮は政治家として超一流でも武将としては及第点 諸葛亮が、軍事指導者としては司馬懿には劣ることはすでにお伝えしました。 孔明が本格的に軍事指導者として働くのは、225年の南部四郡の反乱平定のときからです。皇帝の劉備が亡くなった(223年)以降であり、関羽、張飛、馬超、黄忠などの勇将はすでに他界していましたが、孔明は南征を成功させます。 さらに魏への侵攻、北伐を孔明は行いますが、第1回は内応するはずの猛達を司馬懿に倒され、第2回の北伐では孔明が要所に配置した馬謖の判断ミスで魏軍に敗れ、いずれも撤退を余儀なくされています。 「政治のなんたるかを熟知している良才であり、(春秋時代の)菅仲、(漢の)蕭何といった名相の仲間といってよいであろう。しかし、毎年軍勢を動かしながら、よく成功をおさめることができなかったのは。思うに、臨機応変の軍略は、彼の得手ではなかったからであろうか」(書籍『正史三国志蜀







2020/05/25 リンク