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左翼の巣屈だった東京都小金井市
左翼の巣屈だった東京都小金井市 ぼくは長崎出身、妻は仙台出身で、二人が出会ったのは、東京の 大学生... 左翼の巣屈だった東京都小金井市 ぼくは長崎出身、妻は仙台出身で、二人が出会ったのは、東京の 大学生時代に、アルバイトをしている時だった。1980年代である。 そして、付き合うようになり、社会人になって結婚したのだが、その 時に住んでいたのが、中央線沿線の小金井市だったので、そこに 新しくアパートを借りて新居を整えた後に、結婚届を出しに行った。 向かう先は、小金井市役所である。 ところが、これは後で知ったのであるが、小金井市役所というのは、 当時は左翼の巣屈だったのである。70年代の学生運動は、とっくに 衰えていたが、まだまだ、その共鳴者が労働組合などに、居残って いたのである。 ぼくらの時代、中央線沿線に住む学生のことを、「バカの三寺」と呼ぶ ことがあった。高円寺、吉祥寺、国分寺の各駅の安アパートに住む 大学生には男でも髪を長くした、芸術系やら、文学系、ヒッピーなどの 要するに反権力、反体