エントリーの編集
![loading...](https://b.st-hatena.com/bdefb8944296a0957e54cebcfefc25c4dcff9f5f/images/v4/public/common/loading@2x.gif)
エントリーの編集は全ユーザーに共通の機能です。
必ずガイドラインを一読の上ご利用ください。
『社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!』の感想 - チェコ好きの日記
記事へのコメント0件
- 注目コメント
- 新着コメント
このエントリーにコメントしてみましょう。
注目コメント算出アルゴリズムの一部にLINEヤフー株式会社の「建設的コメント順位付けモデルAPI」を使用しています
![アプリのスクリーンショット](https://b.st-hatena.com/bdefb8944296a0957e54cebcfefc25c4dcff9f5f/images/v4/public/entry/app-screenshot.png)
- バナー広告なし
- ミュート機能あり
- ダークモード搭載
関連記事
『社会派ちきりんの世界を歩いて考えよう!』の感想 - チェコ好きの日記
“おちゃらけ社会派”のカリスマブロガーであるちきりんさんが、世界50か国以上を旅して考えたことが綴ら... “おちゃらけ社会派”のカリスマブロガーであるちきりんさんが、世界50か国以上を旅して考えたことが綴られている『世界を歩いて考えよう!』。これを読んで、ちきりんさんのブログの愛読者のなかには、下記の言葉が思い浮かんだ人が少なからずいるはずです。 私はよく、「世界とは、自分が知っている範囲のことである」と感じます。知らないことは、存在自体が認識されません。私たちが「世界は……」と語る時、それは自動的に「私が知る範囲の世界は……」ということです。 私はこの言葉が、本書を読んでいるあいだ(読み終わったあとも)ずっと頭に浮かんでいました。たとえば「はじめに」では、ちきりんさんがフィリピンのセブ島に滞在したときの話が語られます。ちきりんさんが仲間と近くのレストランに行き紅茶を頼むと、運ばれてきたのはリプトンのティーバッグと、カップに入ったお湯。われわれ日本人の感覚では、ティーバッグをそのまま、しかもご